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WalesOnline のキーンリーサイドのインタビュー記事

WalesOnline に5月28日付で掲載された、サイモン・キーンリーサイドのインタビュー記事をご紹介します。

インタビューの中に、ウェールズのカーマゼンシャー、アベルゴルレフの近くに住んでいると出てきていますが、アベルゴルレフを地図で検索して、拡大してから衛星写真にすると、見事に田園地帯であることが良くわかります。
牧草地や林の緑がずっと広がっています。

ヴェルディのマクベスをステージとスクリーンで演じるにあたり、サイモンはギプスの件を問題にしなかった

by カレン・プライス
2011年5月28日

ロイヤル・オペラ・ハウスのマクベスの役を引き受けたバリトンとして、サイモン・キーンリーサイドはカレン・プライスと舞台上の事故、オペラが大衆の関心を引くことと、環境保護についておしゃべりをした。

シェイクスピアの暴君的な王マクベスを演じることは、特にオペラの舞台で演じることはかなり挑戦的なことであるに違いない。

だがサイモン・キーンリーサイドにとっては、この力強い役を腕をギプスに入れて演じるという付け加えられたプレッシャーがある。

このカーマゼンシャーに住むバリトンは、リハーサルの最中に自分で怪我をした。

しかし、彼は怪我に負けてなどいないように聞こえる。

「腕の怪我は何でもないです。」と彼はこともなげに言う。

「ステージはとても危険な場所です。あれは実際、黄色いヘルメットがない建設現場なんです。私は間違いをしでかしましたが、すべては良くなるでしょう。」

マクベスは伝統的には芝居として上演されるかもしれないが、このドラマはオペラの世界では新しいものではない。

ヴェルディの楽譜に向かい、ロンドンの著名なロイヤル・オペラ・ハウスは、キーンリーサイドがタイトルロールのフィリーダ・ロウのプロダクションの2度目の再演をちょうど開幕したところだ。

「私は以前にこれを歌っていたので、有難いことに、私のボロボロのディクタフォン(訳注:口述筆記用の録音再生装置の商品名だそうです。今ならICレコーダーですね。)を持って公園を歩きまわりながらぶつぶつ言うことに何カ月も没頭することを全てやる必要はありませんでした。」とアベルゴルレフの近くに、ロイヤル・バレエのプリンシパル・ダンサーであるゼナイダ・ヤノウスキーと、彼らの子供たちのイオナとオーウェンと一緒に住むキーンリーサイドは言った。

しかし、キーンリーサイドはマクベスは必ずしもオペラの舞台にスムーズに翻訳されているわけではないと認めている。

「ヴェルディがシェークスピアの大ファンだったことは事実ですが、それ以上にオペラをこの芝居とベッドをともにするものにはしていないと思います。」と彼は言う。

「シェークスピアの作品はすべて、言葉の軽妙なやり取り、言葉のあや、思いがけない比喩的表現なのです。」

「オペラは、それ自身の感情的な中身でいっぱいの力強い音楽を重ねることになります。演劇の持つ簡潔性、希薄さ、静けさはオペラにはありません。」

「でもそれの何が問題なのでしょうか? そもそも、この物語はおそらくシェークスピアのものではないでしょう。この概略の筋がすべてなのです。」

負傷は別にして、リハーサルの間、キーンリーサイドはマクベス夫人役のリュドミラ・モナスティルスカ、マクダフ役のディミトリー・ピタスとバンコー役のレイモンド・アチェットを含む仲間のキャストたちと一緒に仕事することを楽しんだ。

「キャストは最高にすばらしくてワクワクします。」と彼は言う。

「リュドミラによって歌われるマクベス夫人以上にもっと素晴らしいとか、もっとワクワクするものを聞けるなどということは想像できないけれど、そうは言っても、あなたが世界で最も素晴らしいオペラハウスのひとつに何を期待しているかによりますからね。これは、偉大で、世界中の最高の歌手たち全てが引き寄せられる多国籍の舞台なんです。」

有名なコベントガーデンの地で上演されるのと同様に、ほとんど3時間かかるこのプロダクションは、6月13日に全国で映画館でライブ中継される予定である。

キーンリーサイドは、これはオペラがより幅広い観客を獲得する良い機会と思っているのだろうか?

「当たり前ですが、『あらゆる人にオペラは必要だ』という古い言い回しに対しては、実際にはかなり相反する感情を持っていました。」と彼は認めた。

「いいえ、あらゆる人がこの偉大な芸術形態を愛してくれる必要はないのです。十分な数が必要なだけです。ある芸術形態はそこに来る時間が必要で、私はふとそれを考えるのですが、全般的に見て、英国のオペラはそのうちの1つでしょう。」

「もしも若い人たちが偉大な芸術に折にふれてさらされるなら - それはオペラ、美術館、詩や現代芸術 - 彼らは少なくとも外の世界のそれを知る機会を持つことになり、おそらくそれが成長し、あるいは後になって帰ってくると私は強く思っています。」

「オペラは西ヨーロッパの素晴らし芸術形態の1つで、ただ存続するだけでなく、ある意味水準が落ちることなく存続するのに十分なように、十分な数の人々がこれを愛してくれることを、私はただ望むだけです。」

長く成功したキャリアにもかかわらず、パリ・オペラ座やメトロポリタン・オペラを含む、世界で最も主要なオペラハウスで演じる間、キーンリーサイドは今でも上演の前には緊張すると認めた。

「もしも小さな恐怖で汗をかかないとすれば、自分が不注意なミスを招くことを分かっています。」と彼は言う。

「オペラを歌うことや負担の大きな役はペース配分がすべてで、どんなに経験しても狂ってしまう可能性があります。」

「このような重い役でペース配分のミスをするということは正確に言えば、個人的災難で、その夜を台無しにしてしまう可能性があります。だから神経質になることとこれらの要求に留意することは必要不可欠なのです。」

彼の仕事の契約のせいで、キーンリーサイドは彼が希望するほどウェールズで十分な時間を過ごせるようにならないことを認めた。

「西ウェールズの私の小さな一角は、私が望むことができる天国に最も近い場所 - そこはまた自分の一生の仕事の行く先でもあります。」と彼は言う。

上演がない時は、彼は素晴らしいアウトドアを見出すことができる。

「私は森林やブルーベルの群落を植え、低木や木で生垣を補修しています。現時点では、野草の草地をどうやって作るかについて理解を深めようと取り組んでいるところなんです。」

彼はまた持続可能な環境の情熱的な賛同者でもある。

「だいたい、私たちは自分の鼻先にあることだけに取り組むことができるのです。」

「でも私は、ウェールズの風景をすべて破壊する恐れがある - そして荒野をコンクリートの工業の風景に変える、考えのない慌てふためいたやり方には絶対反対です。」

「この景観を頭の先から足の先まで、これらのタービン(訳注:風力発電の風車、風力タービンのこと)をまとわせることによって、ウェールズに電気を供給することができるという無批判な考えに私は注意を向けています。これは徹底的に間違っています。」

「2、3台のタービンならば装置です。」

「何百ものタービンは工場の風景です。」

田園地帯の緑を愛するというのは、やはりイギリス人らしいですね。

 

【おまけ】 キリ・テ・カナワ主演のリヒャルト・シュトラウスのオペラ「カプリッチョ」(1993年収録)のDVD(リージョンは1)に、若き日のキーンリーサイド(当時34歳)が詩人オリヴィエの役で出演しています。
冒頭部分のキャプチャを何枚かご紹介しておきます。(その1その2その3その4

とても容姿端麗で素敵ですが、声もとってもハンサムです。

twitter/punkt_ochibo

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