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A Dangerous Method の役作りについて:ヴィゴのインタビュー記事より

Clarín.com のこちらに5月21日に掲載されたスペイン語のヴィゴの電話インタビュー記事を、viggo-works の Ollieさん、Sageさん、Zooeyさん (それにRioさんがお手伝い)で英語に訳してくださっています

冒頭部分は「ザ・ロード」の役作りについてですが、体重を落とさなければならなかったことや、撮影環境が実際に厳しかったことなどは、これまでさんざん目にしてきた内容なのでそこは省略します。
「ザ・ロード」役作りに関してヴィゴが説明している後半部分から ”A Dangerous Method” の役作りについて語っている残りの部分をご紹介します。

このように寡黙な役を演じることも挑戦だった。映画は視覚的なメディアだ。私は幸いなことにキャリアを小さな役から始めてきた。そういったものはよくほとんどセリフがなくて、自分自身を表現する方法を見つけることに慣れた。とにかく、私の考えでは良い演技というものは、起こったことや彼らが自分に対して言ったことに対して反応することが重要なのだ。

あなたがこのような役柄を演じるのは初めてではありませんね。

その通り、「イースタン・プロミス」やこれまで私が作ってきた数多くの映画でね。「ロード・オブ・ザ・リング」の撮影でも、私の役柄(アラゴルン)は、本の中のようには多くを話さなかった。何を見るか、その役柄が何を感じるかが言葉ではない反応になる。これは難しいことではない。多くの場合、映画のなかでたくさん話さなければならないことが問題になる。なぜなら彼らは良い脚本を書いていなくて、しばしば無意味なことが少ない言葉で表されているかもしれないからだ。私が受け取ったすべての脚本について、たとえそれがほとんどセリフがなかったとしても、私はいつも言葉無しでなにができるかを探してみる。私は何度も監督に「いいですか、私はより少ないセリフでこれをできると思うのですが。」と言ってきた。もしも私のようにコディみたにとても素晴らしい共演者がいれば、人々は愚かではないので何が起こっているのか理解する。彼は言葉なしで多くを表現した。これは対処しやすい。でも、細部に注意を払う監督がいなければ、特に編集で多くのものを失ってしまう。

あなたは監督と一緒に編集室に入るのですか?

いや。これは私にとって興味深いし、どのようにしてやったことがスクリーン上に映し出され、自分自身の何が残って何が残らないのかをじっと見ることで私はたくさんのことを学んできた。彼らが物事を台無しにすることはざらにあって、これは悲しいことだが本当のことだ。才能とビジョンが欠けている。でも私は関与しない。私がこれまでに監督だったことがあったなら違っていたのだろう。何でも入り込もうとしたり、強くせがむ俳優たちもいるが、私は自分の仕事だとは思わない。本当のところ、最も長く続く思い出、撮影について私が思い出す素晴らしいことは、キャストやクルーたちと一緒に起こったことで、しばしばリハーサルや、見られることがない後で使われなかった瞬間なのだ。比類のない瞬間はただ一度起きて、語られようとする物語の文脈には役に立たないのかもしれない。

あなたはデイヴィッド・クローネンバーグと一緒に、フロイトとカール・ユングについての映画 ”A Dangerous Method”をいつ始めるのですか?

私は5月の終わり頃に撮影を始める。これを演じることになっていた俳優(「イングロリアス・バスターズ」のクリストフ・ヴァルツ)がこれを捨てて、まあ言ってみればより大きなもの(彼が言っているのはロバート・パティンソンとの「サーカス象に水を」のこと)をやろうと決めた時、幸運なことに彼(クローネンバーグ)は私にこれをオファーしたんだ。そう、それで彼(ヴァルツ)の決心は私の幸運だった。なぜなら私は明らかにクローネンバーグと撮影するのは好きだからね。そしてまた、これはずっと画面に出ていない役なので、私は時々離れて家族の世話や別のことをすることができる。

どんな風にフロイトの訓練をしようとしているのですか? 本を読んでいるのでしょうか? 精神分析学を勉強しているのでしょうか?

ああ、山ほど読んだし、すでにある程度旅行もしたんだ。フロイトの出身地に行って、その上ウィーンの彼の昔のオフィスを訪れた。以前に読んだものをずっと再読している...実のところ、私はフロイトを理解していると思っていた - 彼は意見を明確に示している - だが、私がユングの人生について良く知ったこれ読んだことは、多くの人たちがフロイトについてもっと素朴に思っていると私が信じていたいたように、私に間違った印象を与えたと気がついた。

その印象とはどんなものですか?

それは彼はとても型にはまっているとか、彼の考えはすべて時代遅れだとか、彼らの間で対立があった時はユングが正しかったとか、そしてそこにあった真実はそれ以上だった。学ぶことはいつも良いことだ。撮影は助けてくれる。なぜなら、しばしば私は少々怠惰で、こんな方法でそうでなければ読まなかったであろうたくさんの物を最後には読んでいる。フロイトが書いたものを読むのは面白い。彼は開拓者だった。彼が書いたり言ったことで間違っていた可能性のあるものがあって、それはいつでも正しいやり方というわけではないが、彼が考え出した多くのことについて、彼は正しくしようとし続けていた。

あなたは精神分析を受けていますか?

いいや。

以前には?

ええ、ずっと以前に、短い期間。私はそれについてた経験豊富とは言えないな。でもちょっとなら...

今は長椅子の反対側の経験をしようとしてるわけですね...

そう! でもそんなシーンで一杯の映画ではないんだ。それはユング(”Hunger”のミヒャエル・ファスベンダー)と患者、精神的不安に苦しむ複雑な人物、ザビーナ・シュピールライン(キーラ・ナイトレイ)には大いに関係がある。だいたい回復した後、フロイトと面識を持ちユングと関係を持った1人のロシア人女性、それはあまり正しくないとでも言おうか。それはフロイトにとっては正しいことのようには思われなかったので、それは彼らの間の亀裂の一部となった。2つの大きな自己について私には分からない。

お別れを言う前に、ヴィゴは私たちに冬に2カ国語版の「写真のある」本を公開する予定であると教えてくれて、「自分に時間を割いてくれたこと」に感謝していた。彼はいまだに、物語の中で、トールキンのサガで彼が演じた紳士のように見える。

言葉ではない細かな演技について、気がついてくれる監督とそうでない監督がいるということは、先日ご紹介したヴァンサン・カッセルによるクローネンバーグ監督のインタビューでもヴァンサンがまったく同じようなことを言ってましたね。
無神経な監督にがっかりしている俳優は結構多いのかもしれませんね。

twitter/punkt_ochibo

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