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「ザ・ロード」撮影日記(2)

Ves_awards

「ザ・ロード」撮影日記の続きをご紹介する前に...

第8回 VES Awards(Visual Effects Society Awards : 視覚効果協会賞)の、Outstanding Supporting Visual Effects in a Feature Motion Picture(優れた補助的視覚効果)の部門に、「ザ・ロード」がノミネートされました。
この部門のノミネート作品は、以下の5作品です。

 天使と悪魔
 The Box
 インビクタス 負けざる者たち
 ザ・ロード
 シャーロック・ホームズ

受賞式は2月28日におこなわれるそうです。
この VES のマークは、世界最初のSF映画といわれている、約100年前のジョルジュ・メリエスの「月世界旅行」の1シーンから取られているようですね。確かにあれは視覚効果ですものね。

さて、それではスペイン版 Esquire の1月号に掲載された、「ザ・ロード」の撮影監督ハビエル・アギーレサロベの撮影日記の2回目です。(1回目はこちら

途中、ネタバレの部分があるので、いつものごとく文字の色を薄くしておきます。

撮影開始

2月 27日月曜日、私たちは撮影を開始した。完全に夜は明けていなくて、ジョン・ヒルコートと私はすでにカメラ位置を決めていた。空は曇っていた。ヴィゴ・モーテンセンが到着。彼の容姿は完璧だった。彼の髪、メイクアップ、そして衣装が、野外で生活している男としての状態を信じられるものにしていた。私たちはお互いに大きなハグで挨拶しあって、お互いの幸運を祈った。もう1人の主演俳優、この映画でヴィゴの息子のコディも、困難なサバイバルのために誰かがとてもよく準備したように衣装を着ていた。私たちが撮影したシーケンスは簡単なものだった。男と少年が見捨てられたガソリンスタンドに近づく。給油ポンプがあるシェルターの中で、彼の息子がごみと残り物の廃品の中を引っ掻き回してさがしている間、ヴィゴがガソリンのわずかなしずくを得ようと試みる。

この初日は、私たちはみな少しばかり緊張していた。私たちの多くにとって、これは初めて会ったのだった。これは私のアメリカ映画の洗礼だった。私にとって新しいことがたくさんあり過ぎた。そうであってもすべては上手くいった。意見の不一致や優柔不断はなかった。私たちはこの街の別の場所で撮影しようとする。橋の下に打ち捨てられた車がある。男と少年は夜を過ごすために車に入る。夜の明かりはぼんやりして、灰色だ。風が力強い。これらの早い段階での撮影では環境が私を助けてくれた。私たちは翌日まで、この言葉で別れを告げた、”Big day and very good day”

 

「太陽は敵だ」

どうして太陽はこの映画の敵だと言わずにいられようか。私はそれに苦闘したのだ。私の個人的な太陽との決闘について話したが、プロダクションの人々は、もしも太陽があったら私たちは覆われたセットを、明るく晴れた日の「厳しさ」から離れた屋内の場所を探さなければならないということが頭に入っていなかったようだ。彼らにとって、これは世界がひっくり返ったことだった。雨が降ったら私たちは自分たちの夢の映画を作る。晴れたら私たちはそれを損なってしまう。結局、最終的には彼らはこの明白な矛盾を理解した。

ほとんどすべての映画は呪われたシーケンスがある。不可能か成し遂げるのが困難な。「ザ・ロード」では、いくつかあったなかの1つが、#127だった。父と息子が森の真ん中で地震によって驚かされるのが撮られる。これは夜で、木々が彼らの上に非常に激しく倒れ掛かる。どうやって夜に森を照らし出すのか? どうやって木々にあたる人工的な光による偽のイメージを回避するのか?このシーケンスは、私がこの映画に求めている自然な特徴を台無しにしてしまうかもしれない。私はジョン・ヒルコートに私の悪夢について話をした。彼は私の論理的思考を理解して、私たちは夜を我々が通常 ”the witching hour”(魔法の時間)と呼んでいる時間に変更した。一日のこの時間は、ほとんどたそがれ時である。まだ明るさがあるが、すべてが幽霊のような雰囲気になる。この効果は異なる言語でさまざまな名前がある。英語では”Dusk”、そして素晴らしいフランス語の表現 ”entre chien et loup” この訳は一日のうちの「犬と狼の間」の時に言及している。

こうして私は、私たちはいつもは昼の光の中で撮影しているにもかかわらず、あたかもこの重大な時間であるかのように、森の雰囲気で仕事をした。時々、雰囲気は狼よりは犬のようになった。これは、雰囲気がより透明だということだ。そして別の時には犬よりも狼になった。ほとんど夜だった、これは一日の時間と、雲の時間ごとの動きによった。だが、私が生き生きと思い出すのは木々が倒れる撮影だ。ある時、私たちはカメラを木の幹に取り付けたので、それらは木と一緒に倒れた。別のカメラは特別な箱に入れて地面に埋めた。木々がそれに激突した。私たちは目を見張るようなイメージを得た。私たちがこのシーンを撮っている時に、私はアメリカのプロダクションが引き受けるようなある種のリスクについて理解した。それらの照明は確かではなかった。彼らは目を見張るようなアクションシーンを得るために必須のものを断念した。私たちは森の中で3日間費やした。多くの木が倒れて、昼の12時になって雲を通して太陽が姿を見せ始めたけれども、倒れた樹木の中で私のデッキには2枚のカードしかなかった。:1つは犬の姿でもう1つは狼だった。

ヴィゴ・モーテンセンは物事を中途半端にやらない俳優だ。私はこれまでに、このような情熱をもって彼の役に彼自身を明け渡してしまう人を見たことがない。彼の唯一の限界は彼自身の命だと断言できる。彼の肉体的な能力は彼の感情の世界と同じように素晴らしい。ヴィゴはいつでも彼自身を空っぽにしていた。忙しい一日の終わりには、彼は疲れきっていたものだ。彼はすべてを捧げていた。「ザ・ロード」で私たちは、彼と私は始めて会った。ヴィゴは彼のスペイン映画界の関係から私について知っていた。最初の何週間か私たちは、決して冷たくはないものの過度に礼儀正しい関係を保ち続けた。

私は自分を信頼してくれる俳優が好きだ。私も同じように彼らのために闘っていると知るため。彼らもやるように私もその限界の危険を冒すと知るため。私は共同で制作しているという雰囲気も好きだ。ここでは、おそらくこの映画の特質のせいで、私の彼との初期の接触は撮影という状況だけに限定されていた。カメラが回る準備ができた瞬間という。そういった時、ヴィゴの集中力はとても真剣な雰囲気を作り出した。冗談一つ口にされなかった。ただ沈黙と集中のみ。そしてその日の撮影が終わるとヴィゴは姿を消した - 私が思うに - 安らぎを求めて。

ある日、撮影終了後に、彼は私をメイクアップ・トレイラーでの1杯のワインに招待した。私は広いトレイラーの空間の鏡の横に何百枚もの写真がびっしりとあるのを見つけて驚いた。それらは可笑しいコディや、彼、そして多くの人々のポートレイトだった。事実上、この映画のスタッフ全員だった。いくつかは面白いパズルを作るために切り刻まれていた。私もその中の1人として登場していた。クローゼットの1つに、違った場所からの何本ものワインがあった。そして私はまったく知らない銘柄のチョコレートの包みがいくつか。さらにそこにはヴィゴが熱狂的なサポーターであるサッカーチーム、サンロレンソ・デ・アルマグロのペナントとエンブレムもあった。その部屋は自宅のような感じが息づいていた。私たちがいつも懐かしく思う家の。私たちはオーストラリアのシラーを一本開けた。そして私たちはあらゆることをちょっとずつ話した。おそらく内気なために、ヴィゴの世界に近づこうとしなかったのは私のほうだったのではないかと思った。その時、私の周りのあらゆるものを一目見て - 写真、音楽、メイクアップ担当者たちの笑い、もう一方のコーナーのコディ、機嫌よく、物語を語っている - 私が変人だったと理解させられた。

やはり「ザ・ロード」のヴィゴのトレイラーの中も、ヴィゴが撮影した写真だらけだったんですね。

⇒ (3)

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