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「ザ・ロード」撮影日記(3)

スペイン版 Esquire の1月号に掲載された、「ザ・ロード」の撮影監督ハビエル・アギーレサロベの撮影日記の3回目です。(1回目2回目

この記事のスキャン画像はviggo-worksのこちらに、またこちらには Ollieさん、Remolinaさん、Rioさん、Sageさん、Zooeyさんが英訳してくださった記事があります。

ややネタバレのところがあるので、いつものようにそこだけ文字の色を薄くしておきますね。

コディ・スミット=マクフィは11歳の子供だ。彼の澄んだ目は愛らしさを放射している。彼の凝視は正直だ。彼は甲高い声をしている。まだ子供だ。オーストラリア生まれで、俳優として彼自身の国以外に来るのは初めてだ。若いのにもかかわらず、彼はすでに映画の経験がある。私にとって、彼は偉大な俳優になる運命にある子供だ。彼は決してその落ち着きを失わず、彼の有利な点の1つは彼が動いたり話をするやり方の自然さだ。

コディには撮影中にとても感銘を受けた。私たちみんなに彼の苦痛や痛みが伝染した瞬間があった。同様に彼の喜びも。ヴィゴは「ザ・ロード」の中で彼の父親だったが、撮影中も彼の父親だった。彼はコディを子供としてではなく、1人の俳優として扱っていた。「君は世界で一番だよ。」とよく彼に言っていたものだった。確かなことは、ヴィゴとコディの間の特別な関係は、映画と共に成長し続けていた。だから、最も悲痛なシーンでこの子の涙は苦労せずに流れるということが起きた。

彼にとって、現実とフィクションは極細の糸で作られた縫い目で分けられているのだ。シーンに入ったり出たりする彼の感覚は一緒に入り混じっていた。こうやってコディはこの映画に、息子が彼の父親に対して感じるすべての愛情を提供することができたのだ。

 

ロバート・デュヴァル。この映画の中のように、映画制作の旅の人生は、まばゆい道でもあるが不確かで、暗い道に沿っている。私たちが最も輝かしい恩恵を受けた1人はロバート・デュヴァルだ。彼の私たちとの契約は2日間だった。そして彼の存在は、あたかも彼がセットでもっと多くの時間を過ごしたかのようにこの映画に重みを与えたと私は思う。非常に年老いた男を演じて、デュヴァルは彼の役の真実性を伝えた。夜、キャンプファイアーの周りのシーン -これは忘れられない。私は、自分がいつも神話的だと考えていた俳優に会うことにとても興奮した。ロバート・デュヴァルは十分なスペイン語を話し、ヴィゴよりはブエノスアイレス人のようには聞こえないとはいえ、アルゼンチン訛りでも話した。彼のタンゴへの称賛が私たちの言語と、彼自身がそうであるかのようにヒスパニックのことを学ぶように導いたのだ。「ザ・ロード」の力強い描写、デュヴァルの「年老いた男」は、わずかの人々しかできなかったサバイバルの能力のある賢人だ。そして盲目で、歩きに歩いている、不可能な未来以外に行く当てもなく...今、私は彼を自分の記憶の中で見ている。素朴な杖に寄りかかり、彼の足の運びは、俳優としての自分自身を知っていて自分のすることを楽しんでいる人のエネルギーを伝える。

 

カトリーナの跡

エリー湖はほとんど海だ。その水はペンシルバニアとカナダ国境にまで及ぶ。冬のほとんどの間、湖の表面は巨大な氷の塊だ。私たちは主人公たちと、オレゴンの太平洋、本当の海の前にいるかのようにシーンの撮影をするために砂浜を利用した。例えば、泥棒のシーケンス。そして他には、とりわけ感情的なものなので、私が明らかにはしたくないシーン。

この年はグラウンドホッグが巣に戻って、その身振りで我々に冬がもう何週間か続くという警告をしたというのに、このロケ地では春が私たちに追いついた。あらゆる方向から春の芽が姿を現し始めた。そして私たちは全くの偶然で緑の脅威を逃れた。私たちの仕事の計画を終えて、私たちは音楽とジャズ、それにカトリーナ通過の影が共存するニューオリンズに向かった。二つの対立する現実が同じ場所にあった。終わりなき夜とともにある、都会のダウンタウンの通りの喜び。少し遠くの方の広範囲の災害、その中でカトリーナの通った跡はいまだに目に見える。私たちはこの悲惨の中をくまなく探しまわれたことに感謝している。ここで「ザ・ロード」は、破壊と不可解に見捨てられたごみの堆積の間のヴィゴとコディの歩みを追うカメラとして、自分自身を映し出したものに出会ったのだ。

私たちは完全に破損した巨大な映画館に遭遇した。あの悲劇の後、チケット売り場がバラバラになった大きなロビーの中をあえて覗き込もうとしたものは誰もいなかった。その中は止まっていた、時の中で失った、かつて次の上映のためのチケットを売ったり、ポップコーンを作ったであろう機械の残骸...私たちは寂しい剥き出しの通りを通り抜けた。その家々は強力な風によって破壊されたのだ。それは何かであったに違いない!カトリーナの一部は「ザ・ロード」を通して記憶されるだろう。これは現実のことと私たちのフィクションの必然の出会いだった。

海に向かう私たちの2人の登場人物たちの長い旅には、最後のシーンとして太平洋があった。アメリカ西海岸のこのあたりの海は灰色で、冷たく荒涼として見えた。このように広大で劇的な風景を前にして、私は無力さを感じた。「ザ・ロード」にとって、これはその進む道の終わりだ。私たちにとっては、父とその息子がこの場所に到着してすぐの悲劇の場所。ここで道は終わり、彼らの希望を抱いた夢が砕かれるのを見る。私たちは近くのアストリアと呼ばれる小さな町に落ち着いた。この時点では春の初めの頃で、外の通りにいる人たちは多くはなかった。夏にはもっと陽気なのだろうと推測した。そして太陽が、今は恐ろしいようなこの果てしのない海辺を、もっと人間らしい場所に変えるだろう。

この日記の中に出てくるグラウンドホッグというのは、ジリスの一種で、毎年2月2日にグラウンドホッグデーというお祭りがあって、巣穴から出てきた(引っ張り出された?)グラウンドホッグの行動を見て、春の到来の予測をするのだそうです。ペンシルベニアのものが特に有名なのだとか。(Wikipedia のグラウンドホッグデー参照)

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