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Little White Lies のヴィゴのインタビュー記事より(2)

Little_white_lies_video_1 Little White Lies のヴィゴのインタビュー記事の2回目。(1回目はこちら

自分の演技を振り返ってみることについて話している部分と、原作の一節を朗読しているところなどをご紹介しましょう。

なお、このヴィゴの朗読は、YouTube のこちらで聞くことができます。

【追記】 Erikoさんのところで教えていただきました。
このインタビュー記事が載っている Little White Lies #27 The Road Issue のデジタル版が公開されています。
リンク先で、画像をクリックすると、フルスクリーンで表示されます。
さらにフルスクリーンの画像をクリックすると、記事の文字が読めるぐらいの大きさに拡大されます。

表紙から10ページ目までが映画「ザ・ロード」の紹介記事。
28~34ページまでがヴィゴのインタビュー。
50~54ページが Winter Songs というタイトルで、ヴィゴが「ザ・ロード」撮影中に撮った写真とヴィゴの詩が特別に掲載されています。

失敗することへの恐れが重要な動機付けであるなら、これまでに役を振り返ってみて成功していないと認めることはありますか?

ああ、そうだね。つまり、すべての失敗したところを - たとえ他の誰もそう感じなくても彼らはそう感じ、自分自身で置いたゴールに到達してないと思って-見ることをただ心配し過ぎて、まったく自分自身では見ることができない俳優たちもいるんだ。どういうわけか彼らは受け入れることがないんだ。でも私はラッシュ、編集用の下見フィルム、完成品、完成する前のさまざまな段階の映画をみることができて、何かを学ぶことができる。学ぶことに興味がある限りは、見ることができると思うね。でも、自意識過剰になり過ぎるので見ることができない俳優たちのことも解るよ。私は「ザ・ロード」を見て、物事を見て考えることができる、「ああ、とにかくあともう1回できたら、あるいはもしも私たちがもっとラッキーだった...」でも、これは最も成功したものの1つで、ただこの本を脚色したというだけでなく、この撮影中に私たちが経験してきたことの翻訳でもあると言わなければならない。これは私たちがやったことのように感じられる。しばしばそういうわけではない。しばしば、完成品を見てこんな風だ、「もっとずっと良くするべきだった。私たちが撮影したのはもっと感動的で、もっと美しく、最後にはもっと気持ちを高めたものだった。」 今回は、私は十分に満足を感じている。

次にご紹介する部分はヴィゴが原作を朗読していますが、情景描写の部分でさほどネタバレというわけでもないと思うのでそのまま載せます。また、この詩のような描写は私の手に負いかねますので、マッカーシーの英語の原文と黒原敏行氏の訳文を引用させていただきます。

この本から、本当にとても美しいところを読んであげよう、これは...これは最後の方でとても素晴らしいんだ。これは彼の書いたものがどんな風か、違うメディアにすること、私たちはすべてをこの映画にすることはできない、という考えを与えてくれる。これはあなたが見たり感じたりする、男と少年の間の関係の中にあるべきなんだ。

‘He stood leaning on the gritty concrete rail. Perhaps in the world’s destruction it would be possible at last to see how it was made. Oceans, mountains. The ponderous counterspectacle of things ceasing to be. The sweeping waste, ( hydroptic and ) coldly secular. The silence.’
「彼はざらつくコンクリートの手摺に寄りかかった。おそらく世界は破壊されたときに初めてそれがどう作られているかが遂に見えるのだろう。大海原、山々。存在をやめつつあるものたちの重苦しい逆の意味の壮観。広々とした荒れ野、浮腫んだ冷ややかな不朽。沈黙。」

ほら、これは背景なんだ。そしてこの背景の中に2人の孤立した人たちが、お互いがあってただ生きているということがすべてなんだと理解する方法を見つける。どんな物語でも、それがあなたに感じさせるものはとても特別なんだ。

なお、英語の原文の引用部分で( )に入れた部分はヴィゴが読み落としている部分です。ヴィゴが朗読しているペーパーバックとまったく同じ版を持っているのですが、明らかにヴィゴは読みとばしちゃってます。(日本語訳ではちゃんと訳されています。)

‘secular’(訳注:辞書的にはこの単語は”現世の、世俗の”という意味)という言葉がある部分をあなたが選んだのが興味深いですね、この言葉はたくさん出てきますし、これに見ようと思えば宗教的な要素があると言うことができますね。

そう、少年もね。あるシーンでは少年は...この本や映画の中でたくさん読むことができる。少年の機能は、ある意味、未来への希望として男の救いとなる。彼はある意味、ある種の使者なんだ。そして聖書的な含意をその中に読み取ることができるだろう。どんな宗教でも、ご存知の通り、ユダヤ人のための指示の本であるタルムードを取り上げると、この本の中で「最高の叡智は思いやりである」と言っているのを見つけることができる。そしてこれが少年が象徴していることなのだ。だから、確かにこの中に多くの宗教的な要素を読むことができるが、あなたはそこから離れて...すべてを取り払って、すべての指示書、すべての想像し得る神を離れて、あなたがまだ生きている限り、まだ何かの可能性があるのは思いやりがあることなのだ。

この後、Perceval Press の話が出てから...

あなたは絵を描き、写真を撮り、詩を書き、そして俳優ですが、人々のあなたに対する認識は俳優の面が優勢なので、あなたがやる他の事に対して、あたかもあなたが素人の好事家だというような偏見があると思いますか?

そうだね、確かにそういう人はいるけれど、それについては気にし過ぎないようにしている。基本的に、ここ最近、映画の演技で悪名が高いので、私がすでにやってきたこと、写真の展覧会や、時には絵、時にはその両方、詩の朗読に、突然より多くの人々がやってきてそれらを見ているんだ。でも詩の朗読会に行った人たちは、彼らの人生の中でこれまで詩の朗読会に行ったことはなかったかもしれない。小さなギャラリーに写真の展覧会を見に行った人々は、これまでにそうしたことは無かったかもしれないし、何の興味も無かったかもしれない。彼らはこれまでまったく興味がなかったニュージーランドの作家やアルゼンチンの詩集や何かの私たちの本を手にとってくれるかもしれない。それのどこが悪い? だから私は肯定的と思う面を見ることを選択する...そう、私はみんなと一緒なんだ:悪い日々もあるし、落ち込んだり、人を信用しなかったり、怒りっぽかったり、物事を後悔したりすることもあるが、この本がそれについて書かれていると私が考えること:手に入れたものの真価を認める - に本当に戻ってくるんだ、分るよね? それがどんなにひどく見えても、それがどんなに希望がなくとも。それが現実なのは本当に唯一のことなのだ。つまり、私が失ったことを寂しく思うすべてのもの -亡くなった家族のメンバーや友人、私が好きだった場所、私の人生のある時期に持っていたかもしれなくて今はないエネルギー、ベッドに寝ていて明日も覚えているだろうと思って書き留めず覚えていなかった詩の行 -それは済んでしまった、終わったのだ。それから学ぶことはできるが、私たちは今ここにいるのだ。大丈夫。この部屋の中が何でもないようにね。

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