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IESB のヴィゴのインタビュー(1)

11月7日に取材されたのではないかと、元記事へのリンクだけご紹介していた、IESBのヴィゴのインタビュー記事。

iesb.net :  Interview: Viggo Mortensen Travels THE ROAD

とても長いのですが、非常に内容があって興味深いインタビューですので、2回に分けてご紹介いたします。

まずは前置は省いて、インタビューの冒頭から...

Q: どうやってこのような役の精神的な準備をしたのですか?

ヴィゴ: 役に立つだろうと思ったこと、ある種の音楽を聴いたり、彼らが向かっていくと考えたものを視覚的に心に焼き付ける、ある種の映画を見たりするようなことをやろうとした。その役柄が感情的に要求される場所に行くことができるかもしれない、ある状態に自分がなるのに役に立つかもしれないある種のものを読んだり学んだりした。私はいつも相当な程度そうするんだ。でも実際のところ、結局は私にできることは何もなかった。

これは他のどんな役ともまったく違っていて、そういう意味で、私はただ無駄にしてしまった。実際、これは繊細でより明白な方法で、感情的に裸になること、そしてただそれに対して正直になることだった。とてもリアルで本質的である必要があり、それは最も人をひるませるものだ。これはそれほど肉体的な旅ではなかったが、私は剥き出しにしなければならないだろう。

私はこんな風だった、「私はいくらか助けがいるだろう、特にこの少年から。素晴らしい少年を見つけてくれるといいのだが。」最後の4人と読み合わせをして、コディは最後の1人だった。何かが彼にはあった。彼は他の子たちがやっていない方法でこの物語を理解していて、何かが彼の目の中にはあった。彼は楽しくてとても精神的に安定した子供だが、このシーンを演じるとき、オーディションでさえ、悲しみや認識の何かが彼の目にはあった。「ワオ、これはいけるぞ。」と思った。私は本当に心配していたんだ。「卓越した子供がいなければ、私が何をするかなんて問題にならないぞ。」という風だった。

さしものヴィゴも、今回は役作りのアプローチとして、事前調査というわけにもいかなくてちょっと苦労したようですね。

この後、実際にホームレスの人に話を聞いたことがちょっと触れられています。

Q: あなたの息子さんがあの年頃だったとき、あなたは実際に実践する父親でしたか?

ヴィゴ: ええ、いつも。

Q: あなたの頭の中ではまったくあの頃に戻っていましたか?

ヴィゴ: 当初、この映画を始めた頃、私はかなりたくさん息子のことや、彼も通ってきた思春期の前の道のりの、思春期前への過渡期のことを考えた。彼の年齢を超えて賢いという点で、息子にはコディやこの映画のキャラクタを多く連想させられた。この物語の中に見る過渡期で、子供は父親に強さや息子に教えてきたことを求め、私はその段階がどんな風だったか覚えていて、時々それは好きではなかったものの、彼が正しかったので結局は受け入れた。

これには普遍的なものがある。どんな両親も彼らの子供たちと比較的一貫した関係があって、それがどんなに良いものでもあれ悪いものであれ、思春期前か思春期に、突然、父親か母親か、あるいは両親の両方を見て、彼らが神ではない事に気がつき、時には彼らを引き裂く時点がある。これはとてもショックだ。父親はこうであって欲しいと思うのに、彼らはそうではなかったとき、それはひどくがっかりすることだろう。だがこれは自然に起きることだ。

時々、本当に良い子供たちでさえ、彼らが載っていると思っていた台座の上から大人を引きずりおろすことについては実に厳しくなり得るし、それは大人としては受け入れ難い。だが、結局はただそれを受け入れる道を探すしかない。私は自分の父親に対してそんな風だったのを覚えている。そして、年をとると気がつき始めるんだ、「ああ、私も神ではないのだ。」でもそれには時間がかかる。誰かを台座から引きずりおろすということは、どうにかして自分自身をその台座の上に置くということだが、自分はそれに気がつかない。それは本能的な行いだ。この物語はそれを本当にうまく扱っていると思う。

この後、コディと一緒の仕事がどんな風だったか聞かれたヴィゴは、撮影初日に雪が降って、南オーストラリア出身のコディ君が寒さに不慣れで大変だったが、コディ君を気遣うヴィゴとの仲はすぐに近づいたこと、二人とも俳優だから、グリーンスクリーンの前で寒いという演技をすることもできただろうが、実際の環境で撮影したことは演技の助けにとてもなったことなどを話しています。

Q: 海に飛び込むのはどうでしたか?

ヴィゴ: あれはすごく冷たかった。私はもう1回のテイクを求めたが彼らは怯えてしまった。彼らは私にそうさせたくなかったんだ。救急車がいたよ。水は華氏41度(5℃)で、ちょうど風が本当に吹き付けていた。気温も同じ温度だったがひどい風のせいで私はほとんど凍えてしまった。空気はおそらく凍えるようだったと思う。あれはまったく極限状態だった。救急車がいて、あらゆるヒーターを入れて、私はバスローブ姿でその中に座って言ったんだ、「いつ撮影するのかちょっと言ってくれ。私はただ走り出て行くから。」

Q: それではこの映画では、あなたにとって多くのアクションはなかったのですね?

ヴィゴ: なかったよ、これは恐怖の部屋(chamber of horrors)なんだ。でもコディと一緒に旅をしたんだ。

寒風が吹きすさぶ中typhoon、水温5℃の海に入るなんて狂気の沙汰です。shock
デンマーク系のヴィゴは寒さには強いんですかね?

Q: この終末後の世界を生きた後、どんな風にあなたの人生のよさを認めるようになりましたか? こんなことが起こることを心配していますか?

ヴィゴ: ああ、確かに。それは本の中にはないので説明されていないけれど、それについて考えさせるんだ。なぜなら感情的な旅を信じて、視覚的にその風景を信じるから、それを事実と思うんだ。私たちは自然や人間によって打撃を受けた実際の場所で撮影をした。もちろん、あなたはそれについて考えるようになる。その風景、そして関係と私がコディと一緒にその物語を語ったときに感じたことは、私にもっと息子や家族のことや、ただ、なんと人生は儚いかということや、それがもっと見たりもっと学ぼうと努力することに値し、その価値を認めようと考えさせる。

これはとてもシンプルな考え方なのだ。親切でないことの言い訳がなんであろうと、いつも親切である方がずっと良い。これはシンプルだが、観客として、あるいは映画制作者として、もしもこの旅を誠実に行うなら、このシンプルな結論にいたる正当な資格を得て、心の底からそれを理解するだろう。実際、いつも最高のものが良いのだ。それが私に物事の良さを分からせる。

どういうわけか、私たちが得るこの結末は不思議なことに気持ちを高めさせ、それがまさに、この物語を語るときやこれを見るときに私が感じたことだ。私はこの映画を完全に知っていて、それを撮影したにもかかわらず、これを最初に見たとき、それでも私はそれにとても感情的に心を動かされて、その構造や行動の小さな繊細さを見たいと思ったのでもう一度見る必要があった。あなたが最初にこれを見終わったとき、「う~ん、もう1回これを見ることができるとは思わないな。」と言う。ところが2、3日するとそう言ったのはあなたなのに、あなたはもう一度なにかを見たくなるのだ。

後半につづく

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