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ヴェネチア映画祭”The Road”記者会見の記事(その2)

Venice20090903_10_2 ”The Road” 関連の記事はあまりにも膨大な量あって、どこから手を付けていいのやら、という感じですが、それでも目にとまったものを少しまとめてみたいと思います。

ヴィゴの記者会見の発言について触れた記事は、こちらでご紹介しました。

今回は、コディ君とヴィゴに関連した記事からいくつかかいつまんでご紹介します。
また記者会見の発言の中で、ちょっとネタばれの部分もありますので、その部分だけ字の色をごく薄い色にしておきます。ちょっとのネタばれならOKの方は、マウスで反転させてご覧ください。

最初にご紹介するのは、APの記事 'The Road' premieres at Venice
上の写真ともう1枚写真があって、クリックすると大きくなります。

 

スミット・マクフィーはこの映画を撮影したときは11歳で今は13歳であるが、この業界で長年仕事をしてきた人のように話す。彼はそうしてきたのだから。彼の父親は俳優で息子をコーチしてきた。息子は今や8つのプロダクションに出演している。

若いオーストラリア人俳優はスクリーン上で完璧なアメリカ訛りをものにし、彼のもっとも感情的に難しいシーンへのカギは、その瞬間にとどまっていることだと言った。その特質は、「ロード・オブ・ザ・リング」3部作でアラゴルンとして有名になり、「イースタン・プロミス」の演技でアカデミー賞にノミネートされた50歳のモーテンセンの称賛を得た。

「僕が最初に演技をするときにパパが言ったのは、その瞬間にそうあるようにただリアルにしなさいということだった。だからもしも世界を知らないのであれば、世界を知らず、ただすべてを締め出す必要がある。」とスミット・マクフィーは彼の役柄に触れながら言った。「僕は南京錠がなんだか知らなかったんだ。」

この二人が海に到達した後の1つの重要なシーンで、この少年は彼の父親に彼らのサバイバルの重荷を彼が共有していることを気づかせ、この父親が持っていた彼が息子を守っているのだというどんな思い込みをも消滅させる。ヒルコートの指示は感情的になることだったが、スミット・マクフィーはそれはうまくいかなかったと言った。

「君はどんどん怒っていったね。」とモーテンセンは共演者との共同インタビューの間、思い起こした。そこに”The Road”の撮影中に築かれた気楽な意思の疎通があるのが明らかだった。

「『僕はただ怒るようにしていこう。』と思ったんだ。」とスミット・マクフィーは続けた。「ただ自分を怒らせるんだ。」

「これは素早い自立だよ。」とモーテンセンは言った。「でも、多くの大人の俳優は決して考え付くことがないだろう。ホテルに帰ってこう言うんだ。『ああ、自分はただ怒ることもできたんじゃないか。』でも君はあそこでそれをやった。プレッシャーがあったのにね。」

モーテンセンの称賛は抑えられなかった。「君が仕事の中で真っ先にやったことは、現在のほかのどんな年齢のどんな俳優も考えられないよ。」

そしてスミット・マクフィーの方を向いて言った。「君は仕事をし続けて向上し続けるだろうね。でも君にはその瞬間に集中したりリラックスしたりする才能がある。ロバート・デュヴァルが、私たちが彼と一緒に最初にやった撮影の1つで、私の方を向いてこう言ったのを覚えている。「この子をどこで手に入れたんだい?」彼はとても感心して、すぐに...彼は同類の部分を認めたんだと思うよ。」

またある時は、スミット・マクフィーは彼が必要な反応を得るための肉体的なきっかけを得た。映画の最初の方で、父親がこの少年を守るために撃った男の血や内臓を落とすために、少年の髪を冷たい水で洗い流した後、より小さくより傷つきやすくなったようにこの少年は涙に暮れる。その水は凍えるほど冷たくて、その温度が「ものすごく低かった」のは役に立ったとその若い俳優は言った。

「ものすごく低い温度の水が頭にかかるのを想像できるかどうかわからないよ。」とスミット・マクフィーは言った。

モーテンセンとスミット・マクフィーは、マッカーシーがスミット・マクフィーより1歳年下の彼自身の息子と一緒にセットを訪れたある日のことを熱心に話した。

「あの日彼がやってきてこう言ったのを覚えている。『これは私が思い描いていた通りだ。そしてこれは素晴らしかった。』」スミット・マクフィーは強調して言った。

この二人には続編のアイディアがあって、それはほとんどマルチリンガルなモーテンセンの初期段階のノルウェー語を話す能力と、スミット・マクフィーのインタビュー時の衣装:黒いズボン、黒いワイシャツに赤いネクタイに基づいているようだった。「これはノルウェーの幽霊話で、『復活の道』と言うんだ。私はバイキングの幽霊として戻ってきて、彼はイタリアン・マフィアなんだ。」とモーテンセンは言った。

それはスミット・マクフィーの同輩にとっては、”The Road”より興味をそそるかもしれない。彼は、彼の同年代の子供たちでは「深く考える人以外」はこの映画をすごく気に入るとは思っていない。

スミット・マクフィーの道路の反対側にいる子供への叫び声:彼は君に資格があると考えている。だがそうではない。「これは押し売りなんだ。」と若いオーストラリア人は言った。「彼らは人食いなんかがクールだと思うかもしれない。」

コディ君、なかなか冷静にこの映画のセールスのことを考えているみたいですね。happy01
ヴィゴは相変わらずふざけたコメントをしてますが、確かにコディ君のあの格好はちょっと典型的なギャングの格好かもしれませんね。

もう1つ、コディ君が冷たい水をかぶるはめになったところを詳しく書いた記事をご紹介しましょう。
オーストラリアの theage.com.au の記事 ”Word on the Road is Romulus star set for Oscar nod in return to father-son theme” です。

それらのすべて(ロケ地での撮影)の間、コディは彼の父親を演じるモーテンセンと一緒のあるシーン、天然の滝の下で泳ぐことを楽しみにしていた。

「僕はそれが最も素敵なことだとちょっと思っていたんだ。」と彼は昨日のヴェネチア映画祭の満席の記者会見で話をした。「でも僕たちがそこにいったらそれは違っていたんだ。水はまるで - ものすごく冷たかったんだ! 僕はそれをやって凍えてしまった。そして戻って - 実際はセットにジャグジーがあって僕はその中に座っていた。そうしたら(監督の)ジョンがやってきて言うんだ。『もう一回やる必要がある。』

監督がコディ君を説得するのにはちょっとかかったそうです。コディ君もかわいそうに。

残酷な内容を13歳に、本当だろうか? オーストラリアのドラマ、「ディア マイ ファーザー」にも主演しているスミット・マクフィーは強烈な題材を楽しんだと言った。「これが僕が見るような映画かどうかはわからないけど、強烈な内容は好きだよ。そうする必要があったから多くのセットで大人たちと接してきたので、自分は他の子供たちよりも大人びていると思う。でも友達のところにもどったら、もっと遊び好きのバージョンの自分に戻るんだ。」

もう1つご紹介するのはイタリア語の記事なので、自動翻訳で英訳したものを元にしています。
movieplayer.it の記事 The Road a Venezia con John Hillcoat e Viggo Mortensen より。
ヴィゴがコディ君との関係を語っています。

セットでのコディとの関係は、1人の人、それもプロフェッショナルとしてだった。それはこの話の核心がなにか、その関係、血の絆を明確にする助けになった。
彼は極めて成熟した若い男性で、俳優としてすでに熟練している。そして彼がどのように、集中力と俳優としてのプロ根性で、演技に要求されることと少年としての楽しみの折り合いをつけるかを見るのは驚くべきことだった。

コディ君は、ハリウッドでは無名ですが、「ディア マイ ファーザー」で彼の父親役だったエリック・バナと、2007年のオーストラリア映画協会の主演男優賞を争った(受賞はエリック・バナ)ぐらいですからね。
子役といえども実力派。日本でもぜひ公開してもらいたいものです。

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コメント

punktさん、こんばんは!
溢れ出る「The Road」の情報ありがとうございますsun

この写真を見て「コディ君と代わりたい」と
思った女子は何人いるのでしょうhappy02

投稿: ミズタマリ | 2009.09.06 23:22

ミズタマリさん
情報の渦にほとんど溺れそうですcoldsweats01
コディ君、うらやましいですよね。
ヴィゴが抱きしめてくれたり、しっかりと手をつないでくれたり、常に大丈夫か気にかけてくれているし...

投稿: punkt | 2009.09.07 00:10

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