« ”The Road” の全米公開は11月25日に変更 | トップページ | ヴィゴ・モーテンセンは長い道をたどる »

Men's Journal October 2009 の記事より

B002OIFC54先日ご紹介した Men's Journal October 2009

viggo-worksのこちらでアップしてくださった記事から、面白かった部分の内容をご紹介したいと思います。

この記事は、ヴィゴのインタビューと、ヴィゴの共演者や監督など周囲の人々のヴィゴに関するコメントを元にまとめられたものです。

ヴィゴのプライベートで過去にウワサされた女性に関する件で、ちょっと?という箇所がありましたが、それ以外はなかなか良い記事だと思います。

タイトルは、HoV のもじりで、”A History of defiance”(ある反逆の歴史) です。

ある反逆の経歴

        by Daniel Mirth

ヴィゴ・モーテンセンがオプラのソファーの上で飛び跳ねることを想像するのは難しい。彼が、セレブ記事のタブロイドで赤ちゃんの写真を狙っているパパラッチのせいでスターバックス騒動を引き起こすとも、コモ湖でシエナ・ミラーとキスしているところをつかまるとも思わないだろう。それはヴィゴ・モーテンセンのやり方ではない。ただ彼を見てみよう:ハシバミ色の目のハンサム、四角く骨ばった顎、でもハリウッドのアホの痕跡はまったくない。彼はニューヨーク州のウォータータウンから約1時間半の州立公園における私たちのインタビューにカムリに乗って現れた。ウォータータウンはオンタリオ湖のそばの、緑の多い軍関係の町で、彼はそこで高校を卒業し、今でも時々訪れている。ニューヨーク・メッツのデイヴィッド・ライトのTシャツを幅広のブルージーンズにたくし込んで、まるで釘打ち機を買いに工具店に行くところのように見える。要求は1つ:どうか写真家は彼の上唇のギザギザの傷跡をエアーブラシで消さないで欲しい。ヴィゴには Photoshop はいらないし、求めてもいない。ヴィゴは幻想のほとんどを必要としないのだ、本当に。演技することを愛し、リハーサルでさえ没頭し、そのほかのことはすべて敬遠しようとする。まったく、2008年のオスカーで主演男優賞を取り損なったとき、彼は踊ったのだ。

「大部分の人たちは受賞しないわけだよね?」と湖畔のピクニックテーブルへの小道を歩いた後、モーテンセンは言った。「だからコダック・シアターの巨大な観客席から出る途中で、みんなを追い越していったんだ。『やあ、敗者の踊りを踊ろうよ。』 私は跳ね始めたんだけど、彼らは今まさに耐えているこの敗北に、ただ震え上がっていたんだよね。カナダの映画制作者で敗北した人たちは、実際上、同意していた。それに、マイケル・ムーアは敗者の踊りを踊ったと思う。でも、敗者の99パーセントは敗者の踊りを踊りたがらなかったと思う。彼らはみんな、私が馬鹿面した酔っ払いかなんかであるかのように、ただ私からちょっと逃げたんだ。」

あなたはこれまでに、この型にはまらないヴィゴ・モーテンセンの生き方の、2、3の話を聞いているだろう。「ロード・オブ・ザ・リング」三部作を制作中に、彼がマントのついたアラゴルンの衣装でどのように寝たか、そこにいたほとんど3年の間、どのように彼がニュージーランド中を裸足で歩いたか、どのように彼が有袋類のようにチョコレートを隠し持って、思いもよらない共演者やジャーナリストたちにその塊をいくつかを押し付けたか、どのように彼の友人で、ケンタッキー・フライド・チキンのバケツを頭にかぶっていることで知られる Guns N'Roses の以前の謎めいたギタリストである、バケットヘッドと実験的なレコーディングをしたか。モーテンセンの友人で、LOTRの共演者であるイライジャ・ウッドは、モーテンセンがどんな風に、彼の携帯電話に何週間もドイツ人将校のアクセントで意味のないメッセージを残したかを物語った。「彼はヒステリックに30秒間ぐらい笑うんだ。それからこの変なドイツ人のアクセントに戻るんだよ。」とウッズは言う。「本当に、そんなことをする何の目的もないんだ。彼はただそういうメッセージが好きなんだ。これはヴィゴの狂気の沙汰の一端なんだ。」

そんなオスカーの授賞式で「敗者の踊り」なんて提案したら、まわりにドン引きされるのは目に見えてますよね。
ヴィゴがマルチリンガルであることなどが書かれて、とっても短いですが、共演したシャーリーズ・セロンの言葉があります。

「あの人にはただある真正性があるのよ。」
「彼は本当にはそれに巻き込まれていないの。」

ヴィゴが俳優以外に詩人、画家、音楽家、写真家であることや、Perceval Press が紹介されています。
最近の出演映画の紹介から、今度のオスカーに絡みそうなことが書かれて

モーテンセンは彼の上昇に対して当惑の反応をする。そう、彼は自分自身を笑うことができるのだ。「彼は少しも気難しい、内向きのメソッドアクターの一人じゃない。」とクローネンバーグは言う。「彼は楽しくするが好きなんだ。」 モーテンセンはかつて現存する最もセクシーな一人との肩書きをつけられたのに反応して、こうたずねた。「それなら、もっとセクシーな亡くなった男たちがたくさんいるんだね?」 そして、私が彼のお気に入りのジョークをたずねると、彼はめったにない一語の答えをした、「自分」

また、「アパルーサの決闘」に関するエド・ハリスのコメントは

彼が「アパルーサの決闘」の撮影に姿を見せた時のことを監督のハリスは回想した。「私たちが彼に用意した8ゲイジのショットガンの大きさにかなり驚いた。だが、ご存じのとおり、2日のうちに彼はそれを自分のものにしてしまった。」

「イースタン・プロミス」のあの有名なバスハウスのシーンに関連したクローネンバーグ監督のコメント

「ヴィゴは特に自己を認識しているというわけではない。」と彼のあのシーンを監督したクローネンバーグは言う。「彼は本当に、匿名性が芸術家にとって価値があるということを理解している。」と付け加え、モーテンセンの人目を避けたがる傾向は人づきあいが悪いのではなく、彼の技術を保護しているのだと強調した。「いつも君が観察されていて、君の存在がみんなの態度を変えるとしたら、君は彼らを自然の状態で観察するその素晴らしい能力を失うだろう。これがなぜ巨大なスターたちがおべっか使いや腰ぎんちゃくに取り囲まれて、最後には世界観をゆがめてしまうのかという理由だ。彼らはもはや、何が本当かを決して見ない。」

確かに、俳優はあらゆる「人間」や「雰囲気」をじっくりと観察することで自分のものにしたりするんですから、スター扱いされるとそれは難しそうですね。

そしてヴィゴの生い立ちが紹介されて、息子のヘンリー君とのエピソードが紹介されています。

ヘンリーが11歳の時の大陸横断の道路の旅で、彼の息子は旅行日程の時間表より先に手作りの地図を作ったとモーテンセンは言い、その地図をモーテンセンは保存している。「3,000マイル弱(4800キロ弱)の代わりに、それは16,000マイル(25,600キロ)かそこらにまでなって、ある種の狂った心電図のようだったよ。」と彼は笑った。

次は ”The Road” に関するあるエピソードです。

ヒルコートは、ある午後、すでに寒さで震えていたスミット・マクフィーが、難しいシーンの撮影中にモーテンセンの腕の中で泣きだした時のことを描写した。ヒルコートが「カット」と声をかけた後、モーテンセンがスミット・マクフィーの父親に入ってきて息子を連れて行くように合図を送ったにもかかわらず、この少年はモーテンセンの腕にしっかりと抱きしめられたままだった。「コディの父親は実際のところ身を引いていて、彼はこれはこれまでの人生の中でもっともつらいたぐいのことだと言っていた。」とヒルコートは言う。「でも、これはヴィゴとコディの間の信じがたいほど素晴らしい絆を創り出す助けになった。その日以来、まったく違う種類の感情の層ができたよ。」

コディ君のお父さんが、ヴィゴとコディ君の間に入り込む隙間がないと思ったのでしょうか?
だとしたら、ヴィゴに息子を盗られたように感じたのでしょうね。

モーテンセンにとって、この映画の恐ろしい筋書きはSFのようには感じられなかった。「明らかに、世界全体は狂ったやり方で行動している。」と彼は現実の物事の状態について言った。「権力を持っている人々や、最も責任を負うべき人々が、しばしば最も責任を負っていない。深刻な公害の問題や深刻な核拡散の問題があって、環境と人間の生活の双方に無関心でこのやり方を続けるのならひどい最後になるだけだよね。この話は想像力をたくましくするといったようなことではない。

もちろん、多くの俳優たちは、彼らの観客たちを遠ざけることへの恐れや、彼らが何について話しているのか分からないか、たぶん少しその両方のせいで、一議論の争点や一般の政治を差し控える。モーテンセンはそういった俳優の一人ではない。

チョコレートに関連して、こんなやり取りも出てきます

彼の好きな種類のチョコレートについて尋ねると、彼は電子メールで「搾取と、カカオ栽培と製造への子供の奴隷の関わり」の長期にわたる歴史を年代順に、詳しい返事を送ってきた。(念のため記しておくと、彼はベネズエラの一種類の有機栽培のカカオ豆のチョコレートが好きで、そこではそのような不正の事実はない、と彼は言った。)

そしてヴィゴの政治的発言などの紹介があって、いよいよ例の「俳優業を引退」というニュースの元になった部分です。

こんなにも多くの積極的な関心があるので、モーテンセンはよくせっかちにしていたものだった。「私たちがこのように地上で限られた時間を与えられているのは不公平だという気がしていたが、もうそうは思っていない。たぶん、私が年を取ったからなのだろう。でも私はただこう思う、えー、何を急ぐのか?」彼はまた、友人のアドバイスを実行に移そうとしている。「彼は馬について話したのだが、これをどのような人生の活動にも当てはめることができるんだ。彼は言った、『速く行くためにゆっくり行け。』 わかるよね。一度に50個のことをやろうとしたら、結局それらは不完全になって、たぶん効率が悪く、おそらく最後には、ただ系統的におこないリラックスして集中したのよりも遅くなってしまうだろう。」

今のところ、彼は映画のキャリアを保留状態にしている。「ほかの映画を撮る計画は何もない。」と彼はきっぱりと言った。「何が起きるかわからない。しばらくの間、自分がどう感じるか見ていることはオープンだが、現時点では何に対してもイエスとは言っていない。そしてほら、私のエージェントは『では、あなたが何もしないと、人々はあなたを忘れてしまいますよ。』といった感じなんだ。彼らはこのとおりの言葉で言わないかもしれないけれど、しばらくの間、自分はたくさん引き受け過ぎたというようにちょうど感じているんだ。」

一言も引退するとは言っていないことがおわかりになると思います。
ヴィゴはただ、やりたいことに優先順位をつけて、着々と片づけているだけなんですね。

少し前に、ヴィゴが人類学者たちとアルゼンチンやパラグアイの奥地に本の仕事で行ったことを聞きましたが、その本の作り方については

その中の1冊の本のために、先住民の生活の写真を集めるため、モーテンセンは2、3人の人類学者たちと協力している。その写真は先住民自身によって撮影されたものだ。「私たちはこれらの別々の遠隔地のすべてに行き、使い捨てカメラを持って行って彼らにどうやって使うのかを見せた。そしてただこう言うんだ、『あなたにとって大切なものを、何でもいいですから写真に撮ってください。』そしてこれがこの本の中心になるって、ほら、不干渉主義で民族誌的な仕事になるんだ。」

彼はまたマドリッドにおけるアリエル・ドーフマンの芝居”Purgatorio”の舞台上演の役のための準備をしている。「もう一つの暴走行為」と彼は冗談を言った。

最後の、イライジャ・ウッドのコメントを紹介しておきましょう。

「ヴィゴはたくさんの顔を持っていると思うんだ。」とイライジャ・ウッドは言った。「それは、彼が捉えどころがないということではない。ただ彼の人格の中に異なる顔があるということなんだ。彼は寡黙になることができる。でもひとたびドアを開いて気楽さを得ると、彼はとても面白くて信じられないほど情が深くて愛情に満ちていて、ちょっと狂ってるんだ、できる限り最もいい方法でね。」

|

« ”The Road” の全米公開は11月25日に変更 | トップページ | ヴィゴ・モーテンセンは長い道をたどる »

Appaloosa」カテゴリの記事

Ed Harris」カテゴリの記事

Purgatorio」カテゴリの記事

The Road」カテゴリの記事

Viggo Mortensen」カテゴリの記事

コメント

ありがとうございました。
明らかに「引退する」とは言ってませんよね。
ゴシップサイトの記者は文章が理解できないのかしら?(笑)

コディ君との「絆」もすごいものがありますね。
早く映画で観てみたいものです。
それから、先住民の生活を記録するために使い捨てカメラを使って...
というのも面白いですね。

投稿: Eriko | 2009.09.12 11:19

punktさん、こんばんはnight

翻訳、有難うribbonございました。
この雑誌、写真も本当に素敵、手元に届くのがとても楽しみbellです!

単なるチョコ好きかと思っていたら、細かな所に詳しかったり
Kodi君とのエピソードにぐっときたり
とても興味く読ませていただきました。

「The Road」こそは、日本で上映されますように・・・!upwardright

投稿: かづちゃん | 2009.09.13 00:24

Erikoさん
まったくねぇ、ゴシップサイトの記者には読解力がないし、曲解してでもセンセーショナルにさえなれば良いと思っているみたいですね。
先住民に使い捨てカメラを渡して自由に撮ってもらうというアイディアは、なるほどと思いました。
面白い本ができそうですよね。

かづちゃん
コディ君とヴィゴのコンビは、いろいろな意味で最高ですよ。
またもう1つ、ぐっとくる話を上に掲載しましたからぜひお読みくださいませ。

投稿: punkt | 2009.09.13 01:22

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ”The Road” の全米公開は11月25日に変更 | トップページ | ヴィゴ・モーテンセンは長い道をたどる »