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Emanuel Levy の The Road の記事

まもなく、ヴェネチア映画祭のヴィゴの写真なども出てくるのではないかと思われますが、映画評論家の Emanuel Levy氏の公式サイトに、The Road についてのヴィゴのインタビューや、監督、プロデューサーのインタビューをまとめた記事が掲載されています。

これが、ヴィゴに注目したなかなか良い内容なので、かいつまんでご紹介します。

Emanuel Levy CINEMA 24/7
Road, The: Interview with Viggo Mortensen, Oscar Contender

The Road : オスカー・コンテンダー ヴィゴ・モーテンセンのインタビュー

まずは冒頭部分から

ヴィゴ・モーテンセンは、その本「血と暴力の国(ノーカントリー)」が正当に2007年のオスカー作品賞を獲った、偉大なアメリカ人作家コーマック・マッカーシーのペンによる終末後の世界の話”The Road”で、彼の最も脳裏に刻み込まれる感情的な演技の1つを見せた。時期尚早なのだろうが、このヴィゴ・モーテンセンの荒々しく容赦なく残酷だが究極の人道主義の映画は、来るオスカーの時期には真剣に考慮するべきだと私は思う。

著者の Emanuel Levy氏はWikipediaによると、ゴールデングローブ賞を贈っているハリウッド外国人映画記者協会(HFPA)の会員だったり、数々の映画祭の審査員をつとめているような映画評論家の方なので、オスカーに値すると言ってくれているのは嬉しいですね。

この後、とても丁寧に The Road がどういう話なのかが説明されて、いよいよ話題はヴィゴになります。

心を奪われるような「イースタン・プロミス」の演技でオスカーの主演男優賞にノミネートされたヴィゴ・モーテンセンは、父と息子の動的な関係の演技に同じように深く根を下ろした。この役をオファーされたときには、この俳優は多くの仕事をした時期を離れて小休止をとろうとしていたにもかかわらず、この脚本を手に入れこの本を読んだらをやらないわけにはいかなかった、と彼は言う。

 

ノーと言うのは難しい

「私は『あぁ、こんな話、こんな役に対してノーというのはかなり難しいぞ。』と思ったんだ。これは、ひとたび手に取ったらどんな結末になるのか知りたくて下に置くことが難しいという本の1冊なんだ。」と彼は言った。

さらに記事では原作の本がオプラ・ウィンフリーのオススメ本になったことによって、とても有名になったことなどが説明されます。

「こんなにも多くの人がこの本を読んだ理由は」とモーテンセンは付け加える、「アメリカではこれは本当に感情に訴えるからなんだ。この話は普遍的だ。子供のことを気にかけている親ならだれでも、これら感情、これらの疑念、これらの恐れ、これらの心配を持っている。私が死んだら何が起きるのだろう。私の子供は大丈夫だろうか? もしも私の子供が病気になったら何が起こるだろう? だが、もっとも主なものは自分が元気でなくなったら何が起こるのだろうかということだ。」

この話の中では、この基本的な人間の心配は数目盛りボリュームが上げられていると、モーテンセンは指摘した。なぜなら、これはすべての人間らしさが失われた荒廃した世界で起こるからだ。「これは極端な状態になっている」と彼は言う。「ただ、私は死ぬだろうが彼の母親か叔母が、親戚が、あるいはともかくも社会が彼の面倒をみてくれるだろうというのではない。誰もいない。ゼロだ。もしも私が死んだら、彼は世界で一人ぼっちだ。このような極限状態と同じように、やはり人々は自分の家族とつながりを持っている。どんな母親でも、どんな父親でも自分たちの子供についてどのように感じているか、何を心配しているのか。」

「だから、これらのことはすべて探求する価値があるんだ。」と彼は、マッカーシーの暗黒世界のサガのこの映画の男を演じるための準備について言った。「自分の中にこれを持っていると気がついたんだ。これを演じるには、ただ自分の内側を見つめるといったことが必要なんだ。」

 

この役の魂

ザ・ロードのストーリーは簡素で、やむにやまれず別の役が出てくるとはいえ、本当のところは父と息子の話だ。モーテンセンは、この本が引き出した深い疑問は、何が彼にこの役の魂を見つけさせるのかということだと言った。「何についての話かということと、最初にこの脚本と本を読んだときに思った考えのおかげで」と彼は言う。「何が起きるのか、未来に待ち受けているのは何かと私に考えさせた。 私たちがいなくなってしまったら、それはどういうことなのか?」

「ある意味、それはこれが何の話かということだ。すべてが取り去られてしまったら何が起きるのか? つまりあらゆるものが。この二人に、この男とこの少年に、それが起こったことだ。そして何も取り去ることができるものがないと思ったとき、その少年はすべてを失う。ましてやなおさら。これを正しく扱えば、とても良いドラマの手段になる。あなたからすべてが取り去られた時、何が起きるのか? あなたはどのように振舞うのか? どのように反応するのか? あなたからさらに奪うかもしれないと恐れる人々にどう対応するのか? あるいはあなたが持っていない物を持っている人々に対しては。そしてあなたが彼らを恐れているときに疲れたら、どのように反応するのか。攻撃的に振舞うのか? 時には。彼らから離れていようとするのか? おそらく。彼らのものを取れると思ったら、あなたはそれを取るのか? 自分自身を良い人だと思っていても、時にはそうするだろう。これらのことがすべて、これらのすべての試練がこの話の中で起こる。その試練は、すべてがあなたから奪われたと思ったら何が起こるのかということだ。たとえ彼らがあなたからすべてを奪ったとあなたが思ったとしても、火を運ぶとはどいういう意味か、実際はそこに座ってそれについて考え、それについて文句を言うということは、彼らはすべてを奪っていないということだ。あなたはまだここにいる。あなたがここにいなくなるまで、彼らはあなたからすべてを奪ってはいない。」

 

映画のタイトル

モーテンセンはこの映画のタイトルが単に皮肉以上だと付け加えた。「私たちがしたことが正しければ、これは感情的な挑戦になるだろうということはわかっていた。私は旅にでかけなければならなかっただろう。」

監督のヒルコートにとって、ヴィゴ・モーテンセンが父親を演じるべきだということには、まったくなんの疑問もなかった。プレプロダクションのコンセプトの段階における彼の父親のイメージは、容易に感じられる内面のもろさを持ったぼんやりとした強さのある人物だった。彼のこの役の理想は、グレゴリー・ペックのような人物だ。「ヴィゴが、この役が要求する激しさと肉体的なものも持っている普通の人になり得るのは明らかになった。彼の役はさまざまな感情を経験する。」

終末後の世界を生き延びることができる人がいるとすれば、それはヴィゴだろうとこの監督は言った。

さらに、いかにヴィゴが熱心に役作りをするかについて、原作者のマッカーシーと子供のことについて話し合ったことや、ホームレスを取材したことなどが紹介されています。

周囲の環境を利用する

「彼らが利用する方法は俳優によって違っている。私がヴィゴについて気がついたことは、感情を込める必要がある場合に、私がこれまでに一緒に仕事をしたどの俳優よりも周りの状況を利用することができるということだ。」と、この映画の自然環境とロケーションの準備に多く携わってきたプロデューサーのシモンズは言う。「土砂降りになったとすると、彼は傘やレインコートに背を向ける。わざと冷たく濡れた状態になるため、彼は提供されたどんなテントや毛布にも背を向けて、それは彼を非常に卓越したものにしているようだ。私はそれが、雪、雨、寒さ、霧と、何であれ彼がその役の世界に入るのに利用できるものの中で、何度も何度も繰り返し起こるのを見てきた。彼はその上、とても身体的な俳優で、それを見るのは注目に値するプロセスだった。途方もない集中が、冷たい地面や路上の岩やなんであれ、集中を途切れさせないことができることは想像していたが、彼が到達した場所は、何度も何度も繰り返し非常に素晴らしかった。」

 

信じられない深み

ニック・ウェクスラー(訳注:プロデューサーの一人)も同意する。「ヴィゴは、男として、この役をする俳優として完璧な資質を持っている。彼はその魂の信じられない深みを理解している。彼は特別な役にそれほど没入しているので、『あぁ、これはこの役柄そのものだ。これは俳優がこの役を演じているのではない。』と思うのだ。そしてあれが、私たちがこの役に求めたこと - 私がこれまでに一緒に仕事をしたどの俳優よりも役の中に彼自身を沈めることなのだ。」

 

ヴィゴはこの役を演じるために生まれた

この父親の役はハリウッドの多くの主演俳優たちに狙われたにも関わらず、この映画の制作者たちの頭に、もしも彼を得ていたら彼がこの役を決めていただろうにといった疑念はまったく浮かばなかった。「ヴィゴはこの役を演じるために生まれたのだ。そして彼には完全に心を奪われる。」とプロデューサーのスティーヴ・シュウォルツは言う。「俳優にとってこのような映画 - 題材がこのように挑戦的でとても悲痛な - をすることの挑戦的な点は、セットの騒々しさの真っ只中で役になりきった状態でいることだ。このセットでは多くのスタッフがいるんだ。動いているスタッフがいて、騒音があって、雨やぞっとする天気があって、気が散ることがたくさんある。この俳優の集中したままで役になりきったままでいる能力に圧倒されたよ。ここで秘密を漏らしたくはないのだが、そしてこれについてヴィゴがどう思うかわからないのだが、撮影の最初の何日か、彼は役になったまま、衣装で寝たんだ。彼はすべての細部に注意を払っていた。もしも彼の靴が十分に濡れていなければ、彼は自分でスプレーしていた。彼は完全にこの役に吸収されて取り付かれていたよ。彼はその男になったんだ。」

役の衣装を着てしばらくの間そのまま過ごすというのは、その役にすっかりなり切るために、ヴィゴがよくやる方法なのかもしれませんね。
アラトリステの撮影の時も、監督がヴィゴがすっかりアラトリステになり切っていることについて、なかば呆れたようなコメントをしていましたが、ヴィゴは一度役に入り込んでしまうとなかなかヴィゴ自身が戻ってこないタイプなのでしょう。

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コメント

長文の興味深い記事のご紹介、ありがとうございます。

>ヴィゴはこの役を演じるために生まれた

よく使われる言い回しではありますが、その点に関してはまったく異論ないですね。
原作の父はびごさんのイメージにあまりにもぴったりでしたから。
ほかのどの俳優さんが演じても、びごさんが演じてたらもっと・・・と思ったことでしょう。
「火を運ぶ人」の姿を一刻も早くスクリーンで観たいです〜!

投稿: mate_tea | 2009.09.03 22:47

続けてすみません!
グリムス、ついに3本目が発芽したんですね♪

投稿: mate_tea | 2009.09.03 22:49

mate_teaさん
まったくねぇ、「火を運ぶ人」といい、ショッピングカートといい、まさにヴィゴしかいないですよね。

>グリムス、ついに3本目が発芽したんですね♪
おかげさまで、記事の本数だけは多いので、順調に2本育てることができました。
これからしばらくは記事のネタにはこまらないので、3本目もどんどん育ってくれると嬉しいです。

投稿: punkt | 2009.09.03 23:21

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