« Sunday Magazine @オーストラリア | トップページ | 「危険な逃亡者」のメイキングビデオクリップ »

GENTE No.2301 8月25日号の記事より

viggo-works のこちらで、ヴィゴのインタビュー記事と写真が載っているアルゼンチンの雑誌のスキャン画像が紹介されています。
viggo-works では、Virtual Viggo経由ということになっていますが、まったく同じものが Obsession のこちらにもあります。

写真に一緒に写っているのは、例のサンロレンソファンの詩人、ファビアン・カサスとそのお父様のフアン・カルロス・カサスにやはり詩人のダミアン・リオスで、かつてサンロレンソの旧スタジアムがあったボエド地区の La Plata通りに面したサンロレンソ・バルで撮影とインタビューがおこなわれたようです。

これは、アルゼンチンの雑誌 GENTE No.2301 8月25日号 の記事のようですね。

また、この記事を Obsession の Candelaさんが英語に訳してくださっています
ヴィゴの詩や演技へのアプローチや考え方がわかってなかなか興味深いので、かいつまんでご紹介します。

 

まずは子供時代の映画にまつわる思い出から...

「私が子供のころ、母がよく映画に連れて行ってくれた。私たちはここに、ブエノスアイレスのダウンタウンに住んでいたんだ。60年代のある午後、とても暖かかったのを覚えている。私たちは『ドクトル・ジバゴ』を見に行ったんだ。ああ! 映画館を出て、ブエノスアイレスの温度は気にならなかった...なぜなら私はロシアにいたんだから! そしてあたりには雪があってすべては物悲しかった。私は自分に何が起きたかわからなかった。素晴らしい演技があればすべてが信じられる。詩についても私は何か類似性を感じている...う~ん、ここに私が書いてつながりがある何かが...話し続ける何かがある。」

これが後にヴィゴが映画に興味を持つようになった原点の一つなのですね。
だとしたら、「オーシャン・オブ・ファイヤー」でオマー・シャリフと共演できたことは、さぞかし嬉しかったことでしょう。happy01

いつ頃から書くようになったのかについては、

「私は子供のころから書いていた。6歳か7歳の時に最初のお話を書いたんだ。書いたのは動物とか子供のことについてだった。15歳の時に詩を書きはじめた。そしていつも書いている。飛行機の中で、ベッドの中で、お風呂の中で。」

さらに、どうやって詩を書くのかについては

どのようにして詩を書くのでしょう、ヴィゴ?

エンジンを分解するのに似ているんだ。それをバラバラにして、すべてをテーブルの上に置き、再び組み立てる時にいくつかの部品を残す。映画における演技も似ているよ。すべてのアイディアを試し、その肉を太らせる。メモをとる。そしてその多くを捨てるんだ。書くことと演技することはまた子供になるのに似ている。子供のころは、絵を描き、歌い、なんでもする。別の人がそれをもっと上手にやるので、最後にはやめてしまう。怖いから発展させるのをやめてしまう。そういうわけで、芸術家というのは起こり得ることに対してオープンであるために、ある種の...子供っぽさを持ち続けているんだ。ただ部屋にいて言葉を勉強し、繰り返し、覚えて仕事し、とても上手に演技をできる俳優たちがいることは知っている。完璧だが、私は即興の能力がある人々と演技する方が好きだし、そうして、突然スクリーンで見るものはリアルになるんだ。

えーーー、一言、言わせてもらえば、分解したエンジンを組み立てる時に部品を残しちゃったらダメなんですけど!coldsweats01
ヴィゴ、その例えは良くないと思うよ。

アルゼンチンの思い出については

ここにかつて住んでいた子供だった時にノスタルジアを感じますか?

時々、子供時代として覚えていることには自分に教えられたことが混じっている。記憶は詩のようで、まったく正確な事実ではないあるバージョンなんだ。70年代の初めの11歳の時に離れて、ようやく1995年に戻ってきた。20年以上で、その間アルゼンチンとはなにもつながりがなかった。インターネットはないしとても難しかった。

ということで、別のインタビューでも言っていた、持っていたのは何枚かの選手の写真とシャツだけだったという話をしています。

私が戻ってきたとき37歳だった。飛行機を降りて様子の変わってしまった場所を探しにダウンタウンに行った。友達といつもサッカーをしていた小さな公園はそこにはなかった。そこには新しく入ってきたマクドナルドがあったんだ。でもその音、匂いは同じだった。車を借りてそこら中をドライブし、パンパに行った。それはとても奇妙な感じだと思った。あちこちで止まって、写真を撮り、人々と話す。ここには何か未精算の勘定が残っているから私は戻ってきたのだ。

それでまたここに住みたいですか?

ああ、もちろんだよ。ここはボエドなんだから。

そしてヴィゴは最後に、幸せな顔とともにまた子供に戻った。

ヴィゴにとってアルゼンチンへの旅はまさにセンチメンタル・ジャーニーだし、子供時代に戻れる幸せな場所なんですね。

|

« Sunday Magazine @オーストラリア | トップページ | 「危険な逃亡者」のメイキングビデオクリップ »

Viggo Mortensen」カテゴリの記事

コメント

punktさん、今晩は。
ヴィゴのお母さまは、小学生の息子を連れて『ドクトル・ジバゴ』を見に行き、息子は俳優の演技に感動してロシアを体感したのですね。親子ともども、さすがです。ララのテーマを思い出しました。
(それにしても、ヴィゴはこの数カ月で、どれだけ小切手を切ったのでしょう。無駄な買い物は一つもないとは思いますが。移動はビジネス・クラスなのに…)

投稿: ジャージ | 2009.09.01 00:25

ジャージさん
小学生の息子に「ドクトル・ジバゴ」を見せるお母さんもすごいし、それにすっかり感化されてしまう息子もすごいですよね。
息子が映画俳優になって、実はお母さんはかなり嬉しいんじゃないのかなぁ。happy01

投稿: punkt | 2009.09.01 22:49

>分解したエンジンを組み立てる時に部品を残しちゃったらダメなんですけど!

まったく! このたとえはヘンですよね〜。
しかし、ウチの夫も子どもの頃、時計などを分解して組み立て直すとなぜか必ず部品が残っていたと申しておりますので、それが芸術家ってものなのかもしれません。。。

アルゼンチンにこれだけ強い思い入れがあるのは、やはり両親が揃っていた幸せな子ども時代の記憶に結びつくからなのでしょうか。
そう考えるとびご少年がちょっと可哀想な気がしてしまいます。余計な詮索でしょうけど。

投稿: mate_tea | 2009.09.01 23:10

mate_teaさん
>時計などを分解して組み立て直すとなぜか必ず部品が残っていたと申しておりますので、それが芸術家ってものなのかもしれません。。。

あのー、私は一応、理系、それも工学系なんですが、子供の時に時計を分解して組み立てなおすとやっぱり部品が残ったことがありますよ(爆)

びご少年が一番幸せだったのがアルゼンチン時代なのかもしれませんね。

投稿: punkt | 2009.09.01 23:23

>それも工学系なんですが、子供の時に時計を分解して組み立てなおすとやっぱり部品が残ったことがありますよ

 すいません、大爆笑させていただきました。ひゃぁぁぁぁん(^O^)

 ちなみに私は分解したことないんですけど。。

投稿: mizea | 2009.09.04 21:19

mizeaさん
ハッハッハ...やっぱり子供の時から分解したりするのは好きだったんですが、元に戻らない場合がちょっとねぇ...coldsweats01

投稿: punkt | 2009.09.05 01:21

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« Sunday Magazine @オーストラリア | トップページ | 「危険な逃亡者」のメイキングビデオクリップ »