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若き日のヴィゴ(俳優を志して編)

Geowash01 先週に引き続き、今週も viggo-works で Iolantheさんが編集されている、 ”Quotable Viggo” をご紹介します。

今週の引用のテーマは「若き日のヴィゴ(俳優を志して編)」です。

前回は省略しちゃいましたが、今回はちゃんと Iolantheさんの前置きからご紹介します。

 

細切れの情報をつなぎ合わせて、どのようにヴィゴが演技に興味を持つようになり、彼の最も初期の演技の日々がどのようであったかという話にしようとするのは、とても大きなジグソーパズルの縁を完成させようとするのに似ています。誰も完全にあるいは詳細に記録していないようですが、興味をかき立てられる話が、どれも絵柄全体のほんの一部を垣間見せて何ダースもの異なるインタビューの中に不意に現れます。私はこれらの端っこのピースを求めてすべてのインタビューをくまなく調べ、一緒にはめ込もうとして何よりも浮かび上がったのは、どうやって映画が作られるのかということについての膨大な情熱と好奇心と、興味深いある影響でした。今週は、最初の演技の授業と最初の映画のオーディションの1つにもかかわらず、彼が映画への興味を育てていくところから取り上げます。そして、「切り裂きジャックに発想を得た一人芝居」を密かに見たかったと思うのは私1人だけではないと確信しています...

それでは、Quotable Viggo 本文のご紹介です。

 

「...子供の頃、母と一緒に映画を見に行った。二十歳の頃、ロンドンの近くに1年間住んでいて、古典だけを上映する映画館に通った。ベイルマン、小津、パゾリーニ、ドライアーを発見した...それは天啓だった。ただ映画を見に行くことが好きだっただけでなく、劇場を離れてもあの世界に入りたいと思ったんだ...二十歳でベルイマン、小津、パゾリーニ、ドライアーを発見したことは天啓だった。あんなことができるのか、映画で? 感嘆で開いた口がふさがらなかった。これらの映画制作者たちは本当に私に刺激を与えた。小津の簡素さが好きだし、人間の状態の苦悩をとても良く捕らえているカール・ドライアーの映画が好きだ。ベルイマンとパゾリーニの純粋さも好きだ。彼らの映画を発見してから、私は表現方法として映画について非常に興味を持つようになった。」

ヴィゴ・モーテンセン:戦士の魂
By Juliette Michaud
Studio Magazine
2002年12月

 
 

「ヴィスコンティの『ベニスに死す』を見たとき大きなショックを受けた。この映画は私が本当に刺激を受けた映画の1つなんだ。最近再びこの作品を見た。少し時代遅れの部分が、特にフラッシュバックのところであるが、今でも ... あの美しさと悲しみの混じりあった ... それにダーク・ボガードの演技はそれほど並外れている! あれが私に与えた影響はずっと巨大だった。」

ヴィゴ・モーテンセン:戦士の魂
By Juliette Michaud
Studio Magazine
2002年12月

 
 

卒業後、彼はデンマークに引っ越した - 人生の目的を定義する必要性に突き動かされて、と彼は言った。そこで彼は港湾労働者や花売りなどの他のことで自活しながら、詩や短い物語を書くことに目的を見出した。

「指輪」の英雄モーテンセンは鞍に戻って「オーシャン・オブ・ファイアー」で意気盛んだ
By Nancy Mills
Daily News
2004年2月25日

 
 

EMPIRE誌: あなたは演技を始めるまえにたくさんの違う仕事をしていましたね、ウェイター、港湾労働者、通訳...
どれが一番楽しかったですか?

モーテンセン: どれも少しずつ楽しかったしその中で友達もできた。アウトドアが好きなので、デンマークの田舎中を運転して製粉所のために遠くの村のパン屋に小麦粉の袋を配達するのや、別の仕事でコペンハーゲンの通りでバラの花を売ったのがとりわけ楽しかったね。

ヴィゴ・モーテンセンと談話中
By Dorian Lynskey
EMPIRE
2008年3月

 
 

彼は1982年に恋に落ちてガールフレンドを追って、長く続くロマンスと文筆生活を期待してニューヨークに行った。彼はどちらも得られなかった。

ニューヨークでは、ヴィゴはウェイターとバーテンダーの仕事を見つけた。彼はまた演技に興味を持つようになった。

「指輪」の英雄モーテンセンは鞍に戻って「オーシャン・オブ・ファイアー」で意気盛んだ
By Nancy Mills
Daily News
2004年2月25日

 
 

「本当に途切れのない、完全に実感させられる演技やアンサンブル演技を見ると不思議に思ったものだ、どうやって彼らはこれをやったのだろう? どうやったらこんなに努力したように見えないようにできるのだろう?」

ヴィゴ・モーテンセン
いい仲間
By Jamie Painter Young
Backstage West
2004年1月5日

 
 

「私が演技を始めたのは多くの人よりもちょっと年を取ってからだった。多くの人はティーンエイジャーかもっと早くから始めるところを私は27歳ぐらいだった。私が演技をするようになったのは単純に好奇心からだった。どうやって映画は作られるのか知りたかったのだ。」

王様はモーテンセン、王様万歳!
By Marc Toullec
Cine Live #71
2003年9月

 
 

(ニューヨークで)彼はウォレン・ロバートソンのレパートリー劇団の広告を見かけ、参加して切り裂きジャックから発想を得た一人芝居をやってから演技を続けようと決心した。「これが最後とはぜんぜん思わなかった。」と彼は言う。「私はただそれがどんな感じだか試してみようとして、ちょうどピタッといったんだと思う。今こうして20年後ここに私たちはいて、私は今でも演技をしている。」

ヴィゴ・モーテンセンのもう1つの側面
By Paul Young
Variety Life
2003年10月

 
 

(彼は)芝居のオーディションと思って参加した。その代わり、彼は自分がある演技のクラスに入会したのだとわかった。ロバートソンは彼を励ましたので、ウェイターやバーテンダーといった半端仕事で働きながらモーテンセンはそのワークショップに全力を傾けた。

ヴィゴ・モーテンセン
英雄帰る
By Tom Roston
Premiere
2003年

 
 

「ウォレンはおそらく荒削りな仕事の中に何かを見て、挑戦し続けるように、オーディションを受け続けるようになどと私を励ますのに十分なものを見たのだろう。」

ヴィゴ・モーテンセン
いい仲間
By Jamie Painter Young
Backstage West
2004年1月5日

 
 

「私は誰も知らなかった、そしてその無名性は少し安全な気がした。」彼は写真家の見方で演技に取り組んだ。あらゆる角度からその技術の方法を良く見た。「私はより多くの映画を見ることから始めて、可能性のある演技者としての見方でその中の物事を観察した。いわばそれに夢中になって、それで仕事をする。どうやって何かを興味深くしようかと考え始めるんだ。」

ヴィゴの旅
By Liane Bonin
Flaunt magazine #39
2002年11月

 
 

「私を最も驚かせた演技は間違いなく『裁かるゝジャンヌ』のマリア・ファルコネッティのものだ。あれはとても力強い。最初にこの映画を見たとき私の体のすべての繊維が感動したのを感じた。ある演技がとても影響を与え、話すべきことを与えたとすれば、それは偉大な芸術を見たからだ。あるいはごく簡単に、最も身近に迫った芸術の形式なのだ。ニューヨークで演技の授業を受け始めるとあの演技を手本にした。いまだに突破できないのは驚くにはあたらないね!」

ヴィゴ・モーテンセン:戦士の魂
By Juliette Michaud
Studio Magazine
2002年12月

 
 

「始めて直ぐにスタジオ映画の主役のオーディションを受けた。それは最後の二人までになった。」と、1984年の『グレイストーク - 類人猿の王者 - ターザンの伝説』の主役のためにファーストクラスでイギリスに飛んだめまぐるしさを思い出したモーテンセンは言った。「私が承知していた次は、猿たちと訓練することだった。」

英雄帰る
By Tom Roston
Premiere
2003年

 

ヴィゴの経歴として、「高校時代に演劇に興味を持って演劇学校に進み...」と「アラトリステ」のパンフレットにも書かれたりしていますが、前回の Quotable Viggo の子供時代の話や今回紹介されたインタビュー記事の抜粋を読む限りでは、演劇に興味を持ったのはもっとずっと後で、そもそもヴィゴは詩人や物書きになりたかったんですよね。

ガールフレンドの後を追っかけてニューヨークに来なければ、俳優の道に進んだかどうか...

Iolanthe, Thank you so much!

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コメント

punktさん
翻訳ありがとうございます。
そして、Iolantheさんに感謝です! 
膨大なインタビューの中から、まさにパズルのピースを見つける作業ですね。

ヴィゴが最後の二人まで残ったという、「グレイストーク…」ですが、この映画
私は映画館で観ています。
う~ん、あのクリストファー・ランバートをヴィゴに置き換えてみる。
ちょうど「Search for Tomorrow」のヴィゴを皮の腰布一枚にした感じになります(笑)ヘアースタイルもロン毛で。
決して"あ~~あぁ~"と叫んで、ロープ渡りなどせずに(笑)シリアスな、両親の故郷のイギリスのお屋敷に引き取られるけれど、結局ジャングルに帰っていくというお話でした。しばらく、妄想でヴィゴターザンを楽しむ事にしますわ(爆)

投稿: spring | 2009.01.19 23:25

springさん
へぇ~、「グレイストーク…」を映画館でご覧になっているんですか。
日本語のタイトルを正確に記述しようと調べていて、この映画がいわゆるターザン映画とは一線を画していることを今日、知ったばかりです。
ヴィゴのターザン...どんなだったんでしょうね。

投稿: punkt | 2009.01.19 23:49

Iolantheさん、punktさん、ありがとうございます。

 演劇を志したころの話を聞かれるとかなりの確率で、ウォレン・ロバートソンという名前が出てきますね。強いよい影響を受けたのでしょうね。どういう人なのかは、日本のサイトではよくわからないのですが。

 パゾリーニの映画にも「王女メディア」がありますよ。スペインの舞台に絡む題材なので、今ぱっと思いだしたのですが。主演はマリア・カラスでした。

 『裁かるゝジャンヌ』は、主演の演技がっていうのもありますが、映画自体が素晴らしかった。
 『ベニスに死す』のボガートの演技って、あー、なんだかちょっとヴィゴ演技にも面影あり? 見なおしてみないとわかりませんけれど、なんとなく「あー! 確かに」って思ったのでした。

投稿: mizea | 2009.01.19 23:52

mizeaさん
ヴィゴのインタビュー内容からすると、ウォレン・ロバートソンはヴィゴにとっては演劇の恩師というところでしょうか?

パゾリーニはまったく見たことがないのですが、マリア・カラスの王女メディアとは、それはちょっと見てみたいですね。
ベニスに死すを見たのはずっと後ですが、私がほとんど映画を見なかった時でもヴィスコンティは数少ない映画館でちゃんと見て感銘を受けた映像作家なので、ヴィゴと意見が合ったみたいでちょっと嬉しいです。

投稿: punkt | 2009.01.20 00:22

>ヴィゴと意見が合ったみたいでちょっと嬉しいです。
 わかりますわかります。そうですよね!

 パゾリーニはカラス主演てことでメディアを見ただけなんです。いろんな意味で独特な世界でした。

 夜更かしするとやたら書き込み・・そろそろちゃんと寝ますです。

投稿: mizea | 2009.01.20 00:45

mizeaさん
パゾリーニもチャンスがあったら見てみます。

投稿: punkt | 2009.01.20 22:10

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