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子供の頃のヴィゴ

Youngviggoviggo-works で毎週、Iolantheさんがヴィゴに関する引用をテーマに沿ってまとめて紹介してくださる ”Quotable Viggo” のコーナー。

その編集のセンスの良さで大好きなコーナーなのですが、今週のテーマは「ヴィゴの子供時代」です。

以前にAppaloosaのレビュー集をご紹介したときに、Iolantheさんには今後いつでも ”Quotable Viggo” を翻訳して紹介してもいいですよ、と許可をいただいているので久しぶりにご紹介したいと思います。

 

3人兄弟の長男としてヴィゴは1958年、ニューヨークに生まれた。そして彼の父親の名前を付けられた。彼が言うには、Viggo というのは現代のデンマークにおいてはいささか古風で、若い男性にとっては風変わりな名前だとのこと。「それはハーバートと呼ぶようなもので...」

反逆の王
By Chris Heath
GQ magazine
2004年4月

 
  

「時々子供の頃は、大人になってからあれは危険だったと気づく本当に馬鹿なことをするものだ、でも...えー...以前、一日の終わりに家に帰ってきたとき、パドックを通り抜けようとして馬の上から門をあけた。そして最後の門でまさに掛け金をつかもうとしたとき、そこにそれはそれは美しい蛇が掛け金に巻きついていた。それはオレンジと黒と白のストライプだった。私は『これを家に持っていって家族に見せよう。』と思ったんだ。私はその蛇をつかもうとすると蛇は私にかかってこようとする。そこで私はその蛇をただ気絶させるために強く叩こうとして、その首のところをつかむと門を開けて通り、門を閉めて言った。『パパ、パパ、ぼくが捕まえたのを見て。』彼は震え上がった、なぜならそれは、噛まれたら私が思うに2、3分で死んでしまうサンゴヘビだったからだ。」

ヴィゴ・モーテンセン
David Letterman Show, 2004

 
 

「私の母によると私は子供の頃、鉛筆を持たずにどこかに行くということはなく、いつもなにか描いていたそうだ。最近、私の昔のスケッチがいくつかあるノートを母が私にくれた。特に7歳の頃に描いた、かなり面白い1枚に気がついた。その絵の天辺には「赤ずきんちゃん」とあって、それはたくさんの油絵の具を一緒に混ぜて、ほとんど抽象画だった。私は本当にそれを気に入った。でもその絵を横切って赤ペンで、アンダーライン付きで『大変悪い!』とあった。何人かの先生たちは、今でもこれがやる気を起こさせると考えている...」

ハリウッドからのヴィゴ
By Poul Hoi
M/S (デンマークの雑誌)
2001年8月

 
 

8歳のとき、モーテンセンは「ドラゴンのどん尻」を学校の芝居でやった...

ヴィゴ・モーテンセンのもう1つの側面
By Paul Young
Variety Life
2003年10月

 
 

「私はデンマークの私の家族と共通の過去を共有していると、とても強く感じている。そして、何が起きたかという多くの物語りが語られている Jystrup の森を歩くとき、スカンジナビアの神話とのつながりを感じる。デンマークの森はトールキンのものに似ていて、それらは危険には見えない種類のものだが、デンマークの森を夜一人で歩くと過去のエネルギーを感じることができる。私はそれを子供の頃感じていて、その当時、私は叔父の農場の外で剣で遊んで、バイキングのように演じて感じたものだ。」

ヴィゴ・モーテンセン
アメリカのデーン人
By Susanne Johansson - 英語翻訳 by Majken Steen Thomassen
BT (Berlingske Tidende)
2001年11月28日

 
 

「私が今わかっている小さかった頃、私には友達がいなかった。そのような継続感はぜんぜんなかった。」とモーテンセンは言う。「でも私は多くの物事を見るようになり、多くのことを学ぶようになった。そして自分の想像力と自分自身を信頼することを学んだ。」

ファインディング・ヴィゴ
By Alex Kuczynski
Vanity Fair magazine
2004年1月

 
 

高校で、この恥ずかしがりやの若者は、彼が行くところにどこでもカメラを持って行き始めた。ファインダーの中に彼の展望を構築することは自然な衝動だった。すでに彼は多くの異なった世界中を飛び回っていて、どこにも決して不変のイメージを焼き付けるに十分なほど長く居座っていたことはなかった。...

ヴィゴの旅
By Liane Bonin
Flaunt magazine #39
2002年11月

 
 

・・・一人の若者として、彼はカメラのレンズの後ろが心地よかった。モーテンセンはティーンエイジャーの頃から写真を撮り始めたと言う、彼は「それについては本当に真剣」ではなかったとはいえ。彼にとってカメラは、彼の周囲を支配する感覚を提供するだけでなく、威圧と刺激の双方を感じる世界から自分が見えないと感じる助けになるある種のベールを提供した。

ヴィゴ・モーテンセンのもう1つの側面
By Paul Young
Variety Life
2003年10月

 
 

「一度中学である芝居に挑戦しようとしたことを覚えている。オーディションが始まるやいなや彼らは言った、『大きな声で! 大きな声で!』そして私はすぐ止められて降ろされた。私は本当に向いていなかったんだ。」

ヴィゴの旅
By Liane Bonin
Flaunt magazine #39
2002年11月

 
 

「私たちはカナダ国境近くのニューヨーク州北部に到着した。そこにはスペイン語を話す人は一人もいなかったし、群全体で黒人系の人は一人、何人かのフランス系カナダ人、そしてサッカーの伝統はなかった。そこはただまったく違っていた。でも子供の頃ならとても素早く適応するものだ。1、2ヶ月の内に私はあらゆるののしり言葉を知っていた。」

ヴィゴ・モーテンセンが南アメリカを離れた時
私はたくさん引き受け過ぎてきた...
by James Mottram, The Independent /イギリス
2007年10月23日

 
 

「(それは)拳骨と有刺鉄線のフェンスの組み合わせだった。私はハローウィーンで酔っ払っていた。そして同じように私と一緒に他の人々もいた。これは若気の過ちなんだ。

私は17歳で私たちは診療所に行った。その医者は少なくとも80歳で朝の2時か3時だった。医者はただ縫い始めた。なぜなら、おそらく私が何も感じないだろうと気が付いたからで、私は感じなかったんだ。私の友人たちは外でピザを注文した。後で、彼らがその夜私にピンぐらいの大きさの何切れかを食べさせてくれたのを覚えている。」

ヴィゴ・モーテンセンが彼の傷跡を得たとき
ヴィゴ・モーテンセンにうつつを抜かす
by Stephen Schaefer
USA Today 1999年

小学校、中学校の先生や同級生は、一流の俳優になったヴィゴにはびっくりしているんでしょうね。happy01
ドラゴンの尻尾からずいぶん出世したものです。
声が小さすぎて学校の芝居のオーディションに落ちた、というのもよ~くわかります。

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