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若き日のヴィゴ(苦闘編)

Witnessviggo-works で毎週、Iolantheさんがまとめてくださっているヴィゴに関する引用集、Quotable Viggo を今週もご紹介しましょう。

若い頃のヴィゴをテーマにしたシリーズの最終回です。
他の2回については、以下をご覧ください。
 「ヴィゴの子供時代
 「若き日のヴィゴ(俳優を志して編)

今回のテーマに私が勝手につけたタイトルは、「若き日のヴィゴ(苦闘編)」 原文はこちらからどうぞ。

まずは、Iolantheさんの口上からです。

これは私の「早い時期」に関する引用の最後の部分で、先週、私たちはヴィゴを「猿たちとの訓練」に残したままでした。今週はいくつかの予期せぬオーディションがあります。演技の全てが編集室でカットされ、しかも家族がスクリーンでその姿を見ることを期待して映画館にいたにもかかわらず、断固たる決意を持ち続け、最後には劇場と彼に「インディアン・ランナー」の役をもたらした映画との間の難しい決断の場となります。でもこれは、彼がとても大きな納屋を自分が建てていることに気がつく前のことではありませんでした...

「ロンドンまでの航空券を送ってもらってたくさんのテストをした。そしてこの役(注:グレイストークの役)は自分のものだと思ったころ、彼らはこれをクリストファー・ランバートに与えた。ウディー・アレンの『カイロの紫のバラ』で起こったことは、私が出ていた全てのシーンを彼がカットしたというより悪いことだった。あれはがっかりしたよ! 私は本当に馬鹿みたいで恥ずかしかった。特に私の家族や友達に対しては、自分はこの映画に参加したと発表していたからね。私の両親は私が嘘をついたと思って『息子よ、本当のことを言いなさい! いったいニューヨークで何をしているんだね?』と言いたかっただろうね。」(爆笑)

ヴィゴ・モーテンセン
マルチタレントなヒーロー
Dominical, by J. A.(NacidaLibreによって、vigo-worksのために翻訳された)
27 August 2006

 
 

「オーディション(注:『3人のエンジェル』)の前に少し練習をしたいと思った。そこで友達の(注:女優の)ヴァレリア・ゴリノに電話をかけた。彼女は全身ドレスアップするのを助けてくれた。そして日中、ニューヨークのブロードウェイを歩いたんだ。誰も目をぱちくりする人はいなかったし、口笛を吹く男性もいたよ。」

ヴィゴ・モーテンセン
ホットな39歳の新顔
by Dennis Hensley
Movieline magazine, 1998年

 
 

「...俳優として、ほとんど何の仕事もないひどく悪い年が2年あった。生活ができなかった。それから徐々に事態は良くなっていった。月末に収支を合わせるため、別の種類の仕事をまだしなければならなかったとはいえ、私は仕事を得た。耐え抜いたよ。」

王様はモーテンセン、王様万歳!
By Marc Toullec
Cine Live #71
2003年9月

 
 

「最初の頃、誰もが私の名前を変えさせようととても夢中になった。『ヴィゴ・モーテンセンなんて長すぎるし奇妙すぎる。』と彼らは言うんだ。私は冗談で『ヴィク・モートン』に変えたらと提案された。40年代の私立探偵映画の1つみたいに聞こえる...『私立探偵ヴィク・モートン』 いやだ、私の名前はヴィゴ・モーテンセンだ。私はヴィゴ・モーテンセンであって、ハリウッドはこれを受け入れるべきなんだ。」

ヴィゴ・モーテンセン
ハリウッドからのヴィゴ
by Poul Hoi
M/S (デンマークの雑誌), 2001年

 
 

モーテンセンは(注:スターダムの)「幸運」の長い待ち時間を思い起こす。「役を得ることができなかったたくさんのスクリーンテストを受けたよ...『グレイストーク』や『ドラキュラ』を得られなかったのは残念ではない。脚光を浴びた他の人たちを見る機会があって、彼らがそれにどう対処するかわかったからね。」

「指輪」の英雄モーテンセンは鞍に戻って「オーシャン・オブ・ファイアー」で意気盛んだ
By Nancy Mills
Daily News
2004年2月25日

 
 

「『刑事ジョン・ブック/目撃者』をオファーされたのと同じ日に、Parkプロダクションのシェークスピアのオファーを受けた、『ヘンリー5世』だったと思う。」と彼は回想した。「あまりよく知らなかったものを試してみる選択をしたが、それは結局正しいものだった。それは良いストーリーだったし、私はピーター・ワイアーとの仕事を得たのだから。」

歴史の先生
By Missy Schwartz
Entertainment Weekly
2005年8月19日

 
 

「ピーター・ワイアーが私を見て言った『アレクサンダー・ゴドノフ(によって演じられる役)に、どこにでもついてくるこの弟がいたら面白いだろう。』そして彼は私に1週間でなく6週間滞在するように求めてきた! それは6月と7月だった。とても暑かった。私がしなければならないことはほとんどなく、私が見つけた自転車でペンシルベニアをうろつき回って時間をつぶした。友達ができた。私はトム・ソーヤのようだったし、彼らは私に給料を払ってくれて、好きなだけセットのクルーを見ることができた。」

ヴィゴ・モーテンセン:戦士の魂
By Juliette Michaud
Studio Magazine
2002年12月

 
 

「彼は本当に納屋を建てるシーンに夢中になっていた。私は彼に工具を手渡すことになっていて、彼は『なんでもいいから手渡して』と言っていた。私はいったい彼が何について話しているのかわからなかったんだ。たぶん彼は納屋のほとんどを自分自身で建てたよ。」

「刑事ジョン・ブック/目撃者」でハリソン・フォードと仕事をしたヴィゴ・モーテンセン
ホットな39歳の新顔
by Dennis Hensley
Movieline magazine, 1998年

 
 

ようやく「刑事ジョン・ブック/目撃者」でスクリーンにたどり着いた後、彼はロサンゼルスに引っ越した。「想い出のジュエル」「ヤングガン2」や風変わりな低予算映画の宝石「柔らかい殻」 といったような映画の合間、バーテンダーとトラック運転手の仕事が80年代後半の彼の景気を支えていた。

王になるであろう男
By Nick Dent
Black & White magazine, #58
2001年12月

 
 

皮肉なことに、彼はペンの映画(注:インディアン・ランナー)に選ばれたことを知る前に、Panida Theater の舞台の役、アーサー・ミラーの『セールスマンの死』でビフ・ローマン(訳注:主人公ウィリーの長男の役)のオーディションに成功した。Panidaの役員会のメンバー、デボラ・マクシェインは、控えめな、静かで優しい男のオーディションが、劇場の中でエネルギーの変化を作り出したのをはっきりと覚えている。

「カレン・バウワーズ(Panidaの支配人)はとても静かな、物知りで繊細な声を聞いた。」とマクシェインは回想する。「彼女はやっていたことを止めて通路を下りてきた。私たちは彼をこの役に配役したの。」

ヴィゴとおしゃべり
By Marianne Love
Sandpoint magazine, 2004年

 
 

私は4年か5年、困難な年があった。たくさんのオーディションを受けてどれも成功しなかった。その頃、ニューヨークを離れてロサンジェルスに行った。そこでいくつか舞台に出て...そして少しずつ、本当に小さな映画に出て、ヤング・ガンの続編の役に出た。ある日、どれだったか覚えていない映画の撮影中に自分のホテルに戻ると、あるメッセージを見つけた:「ショーン・ペンから電話があった。」電話番号を添えて。私は友達の誰がいたずらを仕掛けたのだろうか自問した。そしてショーンの綴りが間違っていた。私は電話した。「ショーン・ペン?」「ああそうだ。」とショーン・ペンが不機嫌に答えた。「ヴィゴ・モーテンセンです。どんなご用件でしょう?」

ヴィゴ・モーテンセン:戦士の魂
By Juliette Michaud
Studio Magazine
2002年12月

 
 

「ショーンが約6週間の撮影中に私に言ったことを覚えている。」とインディアン・ランナーのプロデューサー、フィリップスは回想した。『ドン、ヴィゴは大スターになるぞ。』」

ヴィゴ・モーテンセン
英雄帰る
By Tom Roston
Premiere
2003年

俳優の仕事がなくて食い詰めそうになったときに、よくぞあきらめなかったものです。
こうやって見ると、若いときに映画と舞台の仕事が重なった時には映画を選んできたように見えますが、久々の舞台復帰は本当にあるのでしょうか?

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コメント

びごさんの「若い頃」シリーズ3部作(!)のご紹介、ありがとうございます。
これまでの分もしっかり読ませていただいてます。
Isolantheさんとpunktさんに深く感謝です♪

ほとんどの話は今までに読んだことのあるものですが、こうしてこまぎれのピースがきちんと整理されると、また全然違うものが見えてきたりしますね〜。

>映画と舞台の仕事が重なった時には映画を選んできた

映画の方が「記憶を形に残す」ことができるから、より興味を惹かれたんじゃないのかなあ、なんて思いました。
絵画も写真も文章を書くのも、音楽がライブ演奏ではなくCD製作中心なのも、「記憶を形に残す」ことに関係してるような気がするので。

投稿: mate_tea | 2009.01.27 00:19

mate_teaさん
>映画の方が「記憶を形に残す」ことができるから、より興味を惹かれたんじゃないのかなあ、なんて思いました。
なるほど、確かにそうですね。
素晴らしい洞察flair
でも、同じものを演じても毎日違うことになるライブの魅力というのも捨てがたいものがありますからね。

投稿: punkt | 2009.01.28 00:12

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