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GENTE誌の記事より

昨年の12月20日、ヴィゴが愛するheart04 サンロレンソは、優勝決定戦の第2戦目をボカと戦い、残念ながら敗戦、優勝を逃しました。

その第2戦をやはりヴィゴがアルゼンチンまで観にいっていたらしく、12月のアルゼンチンの雑誌GENTEに記事が載っていたそうです。

viggo-worksでGracielaさんが英語に訳してくださったもの(写真あり、クリックでちょっと大きくなります)が掲載されましたので、これをご紹介したいと思います。

 

 

「オスカーを取るよりもサンロレンソがトーナメントで優勝するのを見たい」

   By Juan Cruz Sanchez Marino

土曜日の午後4時半。焼け付くようなブエノスアイレスの天気のもとで、ほとんど交通は途絶えていた。あと2時間のうちに、ボカとサンロレンソが2008年のアペルトゥーラ(訳注:前期リーグ)トーナメント決定戦の第2戦をプレーする。ラシン・スタジアムに向かうあらゆるファンに混じって、一見したところは普通のアルゼンチン人のように見えるとはいうものの、一人の目立つ人物がいた。ブエノスアイレスのダウンタウンの真っ只中、彼の車の窓から赤と青の旗が垂れ下がっている。窓の中でその運転手はその旗を振って、完璧なスペイン語で叫んだ「行け、カラスたち、行け!」 彼の心配が抑えきれないかのように、別のタバコの後すぐに次のタバコに火をつけた。ほとんど35℃になるにもかかわらず、車の窓は開いていた。信号で彼が停車すると人々が彼に気がつき始めた。「ロード・オブ・ザ・リングの人じゃありませんか?」彼が車を走らせている横の歩行者が聞いた。この運転手? 最も有名なサンロレンソファンだ。ヴィゴ・Guido・モーテンセン(50歳)と彼の息子ヘンリー・ブレイク・モーテンセン(20歳、彼はスペイン語を話さない。)は彼の愛するチームを見るという唯一の目的のためにアルゼンチン入りした。「今日、ただ1つ重要なのはサンロレンソが勝つということだ。」とこの俳優は公言した。だが、この物語はハッピーエンドにならなかった...

情熱の物語

フロントはユースホステルのようではないとはいえ、小さな看板が「Hotel Palermo Suite」と出ている。豪華な五つ星ホテルには程遠く、パレルモ地区で、映画史上最も多くオスカーにノミネートされた映画ロード・オブ・ザ・リングの戦士アラゴルンは眠った。ヴィゴとヘンリー・モーテンセンはホテルの車庫を通ってアベジャネーダへの旅をスタートする。すぐに、誰かが彼を見つけた。Adriana Lavallet はこの俳優と一緒に写真をとった。「信じられない。私もサンロレンソ・ファンなのよ...私たちは今日は負けられないわね。」と握手しながら彼女は言った。

そして、9 de Julio Avenue(7月9日通り)で彼は1人の販売員を見つけた。「ねえ、ねえ、すみません。」と信号で止まったとき、このアメリカ人はアルゼンチン人を装って叫んだ。「サンロレンソのサッカーボールはいくらかな?」彼は車の中から聞いた。「35ドルです。」この販売員はこの客が誰だか気づかずに答えた。だが彼らが取引を片付けていると誰かが叫んだ「アラゴ~~ルンがお金を渡してる!」

モーテンセンは旅を続ける。だが、リアチェルロに来たところで彼は道案内が必要になった。「すみません、レーシング・スタジアムにはどうやって行ったらいいでしょう?」とヴィゴは地元の住民に尋ねたが、その人も彼には気づかなかった。

彼らがスタジアムに到着すると、サインと写真と緊張の時間だ。「私は本当にこの試合が心配なんだ。もちろん私たちが勝つと確信している。ボカの選手たちは私たちの選手たちよりも休養する時間が余計にあったけれど、私たちはとてもタフなチームを持っているんだ。」そして GENTEのレポーターが彼に聞くと、ためらいなく「オスカーを取るよりも、サンロレンソがトーナメントで優勝するのを見たいよ、間違いなく。」と答えた。

彼はこの試合を、ご存知の迷信から、ヘンリーだけと一緒に小さなボックス席から見ることを求めた。

この試合は、ちょうどモーテンセンのサンロレンソがチャンピオンになるのを見るという夢のように過去になった。今や、彼はたった1つ、賞だけを望むことができる。もしも彼がノミネートを受けたなら、3月にアカデミーが与える時に。

アルゼンチンのサッカーについて言えば、たぶん次回だよ、ヴィゴ。

ヘンリー君まで一緒に行ったんですね。なんて付き合いのいい息子なんだ。
試合の後、パパを慰めてたのでしょうか?
上の文中で出てくる、ヴィゴの名前 Guido はアルゼンチンでのヴィゴのあだ名なんだそうです。詳しくは、Sachieさんのサイトの 2008年4月5日あたりの記事をご参照ください。

「オスカーよりもサンロレンソの優勝!」と即答って、イギリスの誰かさんもほとんどおんなじようなこと言ってましたね。coldsweats01

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Viggo Mortensen」カテゴリの記事

コメント

 わはは、翻訳ありがとうございます。 そりゃ、ヘンリー君は、優勝したとしてもしなかったとしてもお父さんが心配だからついていったのではないかしら。

 Flaunt無事にゲットしました。やはり印刷物だといいですね。最近は日本の雑誌だと図書館でコピーすることも多いですが、こういうちゃんとした撮影による写真だと雑誌入手しておきたいです。 そういうのって日本だと少ないし・・・
 んが、しかしちょっとだけヴィゴを取り上げていたハーパースバザー、図書館に予約したら「棚になくて、紛失の可能性もあります。探しているところです」って。まー。

投稿: mizea | 2009.01.31 18:29

mizeaさん
勝っても負けても冷静な運転手としてヘンリー君が必要だったかもしれませんね。
私もFLAUNT無事にゲットできました。何か面白そうなことが書いてあるか、これから記事を読んでみますね。

投稿: punkt | 2009.02.01 00:35

punktさん
翻訳ありがとうございます。いや~、相変らずのヴィゴですね(笑)
このまま、ニューイヤーをヘンリー君と迎えたんでしょうね。
今またデンマークに居ますけど、一体LAの家に何時帰っているんでしょう?
ただの倉庫と化しているんじゃないでしょうか(爆)

FLAUNT、面白そうでしたらぜひ翻訳お願いします。

投稿: spring | 2009.02.01 01:26

springさん
一箇所にじっとしていることができないとヴィゴ本人が言っているくらいですから、文句を言いながらも世界中を漂流して歩くのが実は性に合っているのかもしれませんね。

FLAUNT まだ読んでないので、これから目を通してみます。

投稿: punkt | 2009.02.01 22:33

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