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ヴィゴ・モーテンセン Appaloosa を語る

Premiere_viggoPREMIERE.com のこちらに、「ヴィゴ・モーテンセン Appaloosa を語る」と題した、ヴィゴのインタビュー記事がありますのでご紹介します。

たいして目新しいことが書かれているわけではありませんが、この秋の公開のヴィゴの新作3本すべてについて触れているので、ヴィゴ自身が話したとされているところだけを抜粋します。

まず記事の冒頭は、トロント映画祭でサットン・プレイス・ホテルのロビーで、ヴィゴがまわりをまったく気にせずにピアノを弾いているところに出くわした描写から、ヴィゴが多才であることを説明。

そして、Appaloosa の概要紹介と、ヴィゴのウェスタンについてのコメント。

 

「ウェスタンは好きだし、昔のお気に入りもいくつかある。」と彼は言う。「でも、一般的に言って、ほとんどのウェスタン、その99%はひどいものだ。それらはあまり良く演じられていないか、ものすごく興味深いだ。私にとって、それは美術品ではない。だが、良いものは本当に良い。そして、これにはとても良いウェスタンの要素があると私は思う。それは容易だった。『ヒストリー・オブ・バイオレンス』でエドと一緒に働く素晴らしい時間を過ごした。長い間、俳優としての彼の仕事に敬服してきたし、『ポロック』で彼が優れた監督で、優れた脚本家であることも知っていた。だから、かなり容易だった。エドにとって大変だったのは、彼が何とかやり遂げた、お金を集めることと、すべての要素をまとめることだった。そして、いろいろな役割をしながらそれを撮影していながら、彼は正気を失うことはなかった。」

ウェスタンには普遍的な魅力があると彼は指摘した。「明白な単純さを好む映画ファンや物語マニアがいる。このような映画の中でそれを見ることができるとはいえ、そう、これには静けさと、劇的な緊張で時々句読点をつけられる、ゆったりした歩調がある。その静けさの中に、もしもそれが良く演じられたたなら、そしてこれが良いウェスタンだと思っているのだが、その静けさは複雑な物事と多くの言外の意味に満ちている。とは言うものの、ウェスタンが世界中で人気になった主な理由は...それが普遍的だからだと私は思う。ヨーロッパの警察ものの映画や、独自のウェスタンを持っているニュージーランドやオーストラリアの映画の中に、それを見ることができるだろう。これは映画制作の誕生期に、少なくとも北米ではウェスタンは最も大きなものだったからだと思う。そしてそれは、何十年間も最も大きなものだった。ウェスタンは何百どころか何千も作られた。それらは続き物だった。毎週土曜日に見ることができて、さらに2、3見ることができた。それらは急いで作られたので、ほとんどすべてがひどい出来だった。だが、たまに素晴らしいものがあった。そして、ジョン・フォードが現れ、それからハワード・フォークスとアンソニー・マン、さらにしばらくしてサム・ペキンパー、そして今はクリント・イーストウッドとエド・ハリスだ。この映画は、芸術作品であるこれらの伝統にあてはまると私は思う。」

アメリカにおけるウェスタンは、日本における時代劇と同じような位置づけなんでしょうね。
次に記事では Good の概要を紹介して、ヴィゴが役作りのために現場を旅する話がでてきます。

Premiere_good 「ある役柄になる場所に行くときはいつも違う。例えば、17世紀のスペインについての『アラトリステ』という映画を撮ったが、見た目は意図的に、その色、照明、写真の撮り方がベラスケスの絵画のようだった。そして実際、ほとんど、映画の中の人物があった。私は以前にマドリッドのプラド美術館でベラスケスの絵画を見たことがあって、それらを何度も見ている。だが、そこに行って私自身を、私が演じようとする役柄を探してそれらを観察するのはまったく違っていた。そして私自身を見つけ、物語の中の別の人たちを見つけた...これはまったく違うことだ。」

Good のために、彼の役柄のジョン・ハルダーが訪れたであろういくつかの場所に彼は戻った。「私は以前に、強制収容所のうちのいくつかに行ったことがあって、前にドイツに行ったこともあった。そして、マーラーの演奏を生で聞いたこともあった。だが、私がベルリン、ミュンヘン、ワルシャワに行き、アウシュビッツ、トレブリンカやダッハウなどに行ったとき、今回は、以前に行ったことがあるミュンヘンの公園で、1930年代にその辺を歩き回る自分を考えながら、ジョン・ハルダーのことを考えながら、ベルリン・フィルハーモニー交響楽団の音楽を聴きながら、川辺を歩き周った。それは違っている。そしてアウシュビッツかビルケナウに行って、私の友人(Goodの中の)モーリスや自分のことを考える。これには違った直接性、実用性と用途がある。これが私の好きな部分なのだ。それに付随する多くの面倒な事柄あるのと同じぐらい、宣伝やビジネスの側面から、それは本当に面倒でときどき疲れさせられることになるかもしれない。だが、物語を語るという側面からと、何をそこから探り出すかという点で、ドクター・スースのように『君が行く場所だ!』 この職種おける、行ったり心の中に入ることができる場所が、いまだにこれをやっている理由なのだ。」

ヴィゴにとって、この役作りの時間が一番楽しくてやり甲斐を感じているのでしょう。
最後は The Road についてなのですが、ヴィゴがシャーリーズ・セロンについて言及しているのは初めてだと思います。

「私たちみんなにとって大変幸運なことに、そしてコーマック・マッカーシーが書いたこの本を好きな観客にとっても幸運だと私は考えるのだが、『ザ・ロード』の少年を、コディ・スミット・マクフィーによって演じられるが、彼は信じられないぐらい素晴らしいんだ。彼はそれほど素晴らしい俳優なんだ。この映画をまだ見ていないが、私にはわかる。なぜなら、私はだれよりも近くにいて、私たちは親しくなって友達になった。私が見た彼の演技は衝撃的でとても美しく、調子はずれのところは一つもない。どんなことをしたとしても、編集でそれを台無しにできるとは思わない。また、彼女が来たのは最後の最後だったとはいえ、シャーリーズ・セロン(妻役)は驚くほど情熱的だった。彼女はだいたい中頃に入ってきて、あるいは、私たちが外に出て海に入っていこうとして映画がすぐに終わることになる終わり頃に入ってきて、彼女はそれをもう一段押し上げた。そして、それはとても激しく感情的に疲れさせるので、私はそれが可能だとは思わなかった。彼女は入ってきて、ただすべてを別のレベルまで持っていった。彼女がしたことは途方もないよ。」

私がこの本を読んでいると話すと、私が小説のどの辺を読んでいるか調べた。私は75ページ目なので深く中にはいっていないことを認めた。「どんどん悪くなっていくんだ。あるいはどんどん良くなっていく。」彼は苦笑いした。「何について言及するかによるね。」

以前の The Road の撮影現場取材記事では、まだシャーリーズ・セロンの撮影が始まっていなかったので、ヴィゴの話にでてきようがなかったのですが、コディ君だけでなく、シャーリーズ・セロンも絶賛なんですね。

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