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イタリアの雑誌 Panorama Firstの記事(その2)

昨日、前半をご紹介した、イタリアの雑誌 Panorama First ヴィゴのインタビュー記事の後半です。
viggo-worksで Cindaleaさんが英訳してくださったものを元にご紹介しています。

 

あなたの仕事の中で、映画と写真の間にはどのような関係がありますか?

「映画を作ることは、私がやることの中の一つに過ぎない。私はたくさん旅をして、どこでも、映画の撮影中でさえ写真を撮る。俳優として、私はとてもストーリーに、何が起きるか、ディテールに興味がある。

道を歩いているときや自分の周りで何が起こっているかを見るときも、同じ態度だ。

ある意味、たとえ写真を撮っていないときでも私は写真家なのだ。これは今や本能的なもの、私自身の一部なのだと思う。

意識的な方法、より技術的なレベルで、私はセットで撮影が行なわれる方法、撮影監督が光を設置する方法に多くの注意を払っている。私はいくつかの場面で、自分の位置に気づいているので、おそらく写真家であることは私の役を演ずる上でより助けになっているのだろう。

この2つのことは並行していて、セットでは有利だと言えるだろう。写真家として、素早く彼らが得ようとしていることを理解し、ストーリーを語る助けにすることができる...」

セットで監督とたちと写真について話し合ったことはありますか?

「もちろん! 私は芸術や写真、それにサッカーについても、私のチーム、サンロレンソ・デ・アルマグロについて話すよ。

それから食べ物について話すし、ワイン、昆虫、雲、靴...」(彼は笑って、ソックスだけの足を見せた。)

暗室、それともデジタルカメラですか?

「以前は伝統的な方法で私の写真を焼き付けていたものだが、今はより最新の、一般的な方法、デジタルのものを使っている。でも、画像を大いに尊重しているので、すべての私の写真はフィルムで撮影し、私はネガをスキャンしている。基本的には同じ結果が得られるけれど、また私にとっては本を出版する際により素早くて、これはとても重要なことだ。現在は、紙とインクは写真の黒とコントラストを良い状態で保存するのにとても良い。最終的に伝統的な焼付けと同じように良い品質なのに、使わない手はないだろう。」

あなたのお手本はなんですか? もし何かあれば。

「私が好きな写真家は何人かいるが、誰のスタイルの真似をしようとしていない。

私は子供の頃から写真を撮ってきていて、これはごく当たり前なことだと思う(私が絵を描き始めたとき、演技を始めたときも同じことが起きた)のだが、それからより自分の手本、自分が尊敬したりまねたいと思う芸術家を意識するようになった。

でも最後には、何か自分独自のものをする。

もしも十分に取り組んでいれば(写真と同様、映画でも)自分独自の方法を見つけたときのみ、気分がいいだろう。

数多くの実践の後、レンズの向こうの題材や枠組みの選択をすることは、ほとんど無意識の動きになる。

すべてが簡単に見えるようにしたいと思ったら、ちょうど演技をする時のように練習をしなければならない。スクリーン上ですべてが簡単に見えるのなら、それは一生懸命に働いたからだ。

映画を見て簡単に見えたなら、あなたは「これは私にできる。」と思うだろう。

写真でも、あるいは絵画でもこれは同じだ。人々は「これは私にできる。」と考える。

ところが、誰にでもできるわけではない?

「力強い写真を撮ること、これは(もちろん主観的な観点から)本当に役に立ち、それはただ経験の結果なのだ。これはセットで、私が役のために準備し、毎日取り組むのと似ている。習慣からくる何か、その他のすべては何か自分が学んだことだが、それはいつも同じことの結果なのだ。練習すること、注意を払うこと、一生懸命働くこと...」

写真、演技、絵画、詩、音楽...どれかをあきらめるとすると?

「何も! それは私にどの腕を選ぶかと聞くようなものだ。人々はカテゴリー分けの観点でものを考えがちだし、人についても同様だ。『私は、これこれの人に会いました。彼はこれこれをする人で、...』と言う。漠然とした観念しか持っていないのに、誰かに一つのラベルを貼ることは簡単だ。でも真実は、すべての人々は毎日違っているのだ。なぜなら夢は変化しているのだから。絶え間なくね。」

一見簡単そうとか、これならできそう、というのが実は曲者だというのはわかります。
しかし、どうしてどのインタビュアーも毎回、ヴィゴにどれか一つだけ選ばせようとしたがるのでしょう。
Cindaleaさん、英語への翻訳ありがとうございました。

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コメント

punktさん、いつも翻訳ありがとうございます。

インタヴュアーには、写真も演技も絵も詩も音楽も、一人でこなす人間が理解できないんでしょうか? 他に聞く事ないんですか?って思います。

>私はいくつかの場面で、自分の位置に気づいているので、おそらく写真家であることは私の役を演ずる上でより助けになっているのだろう。

これよく分かります。 被写体のヴィゴを、写真家のヴィゴが冷静に見ているんでしょうね。

投稿: spring | 2008.07.31 21:46

springさん
>これよく分かります。 被写体のヴィゴを、写真家のヴィゴが冷静に見ているんでしょうね。

そうそう、レンズの向こう側にもヴィゴの視線があるんですね。

投稿: punkt | 2008.07.31 22:54

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