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ローマのヴィゴについて Omero.it の記事(その2)

Omero.it の記事の紹介の第二弾です。

ローマのヴィゴについて Omero.it の記事(その1)

この記事は、El Alma de Viggo で LadyArwenさんが紹介してくださった、Omero.it の記事(イタリア語)を、viggo-worksで、Cindaleaさんが英語に翻訳してくださったものをベースに、ご紹介するものです。

半時間後、ヴィゴは無事に起きてきたでしょうか?

 

半時間以上たってから、私たちは最初のインタビューのために、彼の部屋のドアの前にいた。

廊下でメイクアップ係の男性が「ああ、彼はなんて楽しい人なんだろう!」と言った。数分間ヴィゴの軽やかさに接した影響で、髪の色やカットについての彼の考えは変わったようだ。ヴィゴの軽やかさに私たちが気が付くのはゆっくりとだが、一日中、とても私たちに影響を及ぼすのだ。

彼の軽やかな本質、奥行きのある簡素さを傷つけない仮装と変身の合間、彼は一日中、軽やかに過ごす。

この映画で、ヴィゴのライバルであるエンリコ・ロ・ベルソが、茶目っ気たっぷりに廊下に現れて、通して欲しいと私たちに頼み込んだ。ドアが開いて、エンリコが中に入り、「我が愛する敵よ!」という叫び声、そして外で私たちは笑い声と力強い話声を聞いた。私たちと一緒の女性リポーターがイライラしだした。

いったん、エンリコ・ロ・ベルソが外に出てくると、ダークブルーのピンストライプのスーツに赤と青のネクタイ、鋭くシャープな顔立ちに輝く目つき、俊敏な体に上品な身振りのヴィゴが入口のところで私たちを歓迎した。

私たちは小さなリビングルームに座った。

足を組みマテ茶を手に、ヴィゴは注意深く集中して質問に聞き入り、ゆっくり答えた。とても物柔らかく話すので、より大きく力強い沈黙を彼の声が刻々と打ち破っているように聞こえ、ひとつひとつの言葉が床に書いてあって、彼が知る多くの言語の中から、それを解読しようと試みているように視線は床をさまよった。あたかも床の上にそれがあるかのように、国を、顔を、彼自身を再構成するアイデンティティを見つけるのだろう。

リポーターは彼に、国際人であることが、どのように彼個人、彼の仕事に対して影響を及ぼしているのか、また、彼のデンマーク人という部分がヨーロッパでこのように大きな成功を収めた原因なのかとたずねた。

ヴィゴ・モーテンセンはニューヨークで、デンマーク人の父親とアメリカ人の母親の間に生まれ、アルゼンチン、ベネズエラ、アメリカ、デンマークで人生を過ごしてきた。

そして、ヴィゴはこう説明した:そうだ。たくさんの旅をして、それはオープンマインドをもたらしくれた。彼はちょっと口ごもり、顔を上げ、灯りのように急に彼の顔の上に輝き、目の中に燃え上がって北欧人の肌の皺を滑らかにした、それ以前は見せなかったある皮肉を見せて言った。「でも、国の指導者や外務大臣たちで、たくさん、私よりもずっとたくさん旅行している人たちで、それが役に立たなかった人たちがいるね。」

彼の声は、再び沈黙を破った。

最初はヴィゴの姿にぎょっとしたメイクさんも、ちょっとヴィゴに会っただけですっかりファンになってしまったようですね。
それにしても、ホテルに到着した時はぶっ倒れそうだったのに、わずか30分ほど寝ただけでインタビューにもしっかり答えられるとは、実に強靭な体力と精神力ですね。

ローマのヴィゴについて Omero.it の記事(その3)

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