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El Tribuno Salta 5月14日の記事

Espectaculos_20070514アラトリステのプロモーションで、ヴィゴがアルゼンチンを訪れた際に、プロモーション終了後、アルゼンチンの北部を旅行する予定と報じられていました。

その時の旅に同行した記者が書いた記事が、El Tribuno Salta に写真入で5月14日に掲載されていました。

先日、viggo-worksでこの記事を Gracielaさんが英語に訳してくださっていますので、いつものように一部省略してご紹介いたします。

 

州の中心部を行くヴィゴ・モーテンセンとの旅

        By Robustiano Pinedo

彼はタルタガルの先住民共同体の文化と統合プロジェクトで働くためにやってきた。

ほとんど朝の3時だった。彼は火の横の木と革の椅子に座っていた。「アサード」(訳注:アルゼンチン風バーベキュー)は終わった。彼がマテ茶を用意した人たちは、ほとんど同時に2時にはさよならの挨拶をした。彼はサンロレンソのゴールキーパーのグレーのシャツを着て、タバコの吸殻を残り火に投げ込んだ。ヴィゴ・モーテンセン、49才は、今は針を手に、ラヌスに対する勝利で熱狂的に引き裂かれてしまった赤と青の旗を縫い始めた。「自分で縫うのが好きなんだ。」

彼はアラトリステのオープニングのためにブエノスアイレスにいたが、タルタガルの先住民共同体との文化的なプロジェクト始める3日間のために、私たちの州(訳注:サルタ州)を4月2日に訪れた。彼の出版社、パーシバルプレスを通して、ロード・オブ・ザ・リングの俳優は、写真や一般の芸術的な表現に関連する事業を支援している。「いくつかの共同体の伝統と言語を振興させ保存する援助をしようというアイディアなんだ。」と彼は説明した。

彼は2歳から11歳までアルゼンチンで過ごした。それ以来、まったくもって熱狂的なサンロレンソ・ファンのままだ。演技の道に進む前は、政治学とスペイン文学を勉強していた。

歓迎の夜は長かった。終わったのは夜明け。ヴィゴは自分のベッドを整え、朝食後、3人の人類学者たちの車列と34号線に沿って北上した。

ヴィゴのお裁縫の腕前については、ローマ映画際の時のジャンバーに縫い付けていたワッペンの針目のすさまじさを見て以来、とっても懐疑的なんですが(笑)、本人はどうやらお針仕事は好きなようです。

途中、ガソリンスタンドでタルタガルで配るためのチョコレートやキャンディーとともに、アルゼンチンのロックのCDを買ったりしたそうです。

ヴィゴ・モーテンセンは簡素な人物である。彼の持ち物のすべては白いビニール袋の中だ。サンロレンソのシャツ3枚、黒いシャツ1枚、予備のズボン1枚、そして歯ブラシ。着古したジーンズの後ろのポケットには「ボンビージャ」。「用意しなくちゃならないから。」と言った。後ろの座席に座って、彼は彼自身の魔法瓶でマテ茶を用意した。「住むところどこでも簡単にイェルバ(訳注:マテ茶)が手に入るよ。」

出ました! ビニール袋!(笑)

目的地に着く前に、崩壊しそうな学校の問題に抗議して、道路を封鎖してピケを張っている人たちに出会います。道路の封鎖が解除されるのを待つ間に、人々がヴィゴに気がついて、ちょっとした騒ぎに。
地元のTVカメラも来るし、人々にサインをしてあげたり、抗議活動をしている人々の話を聞いてあげたり、ヴィゴも大忙し。(このへんのところは、以前にビデオクリップも出ていましたね。)
サンロレンソファンがいるわけではないのを承知で、持っていたサンロレンソのペナント(約30枚)をヴィゴが配り始めると、あっという間になくなってしまったそうです。

人類学者たちに救い出されて、休憩なしで、車列は、ちょう一番星が輝き始める夜になって共同体のところに到着した。タルタガルに戻って、朝の2時ごろ、このプロジェクトに関わっている人たちとの最初の接触の後、ヴィゴは、ロード・オブ・ザ・リングの本にサインしてもらおうと待っていたファンの一団と会った。

彼は夕食を中断されたのに対して辛抱強く、親切にもすべての要望を受け入れた。

次の日のスタートはとても早かった。違ったタイプのサンロレンソのシャツも誇らしげに、急いで出てくると、女性ファンを避けるためにほとんど動き始めていた車に飛び乗った。「申し訳ないけど、ヴィゴ、時間がないんだ。」と人類学者の一人が謝った。「解ってるよ。」と言って、車の窓からサンロレンソの旗を掲げ、先日彼が付け加えた縫い目を裂いた。

共同体のメンバーと一緒の長い一日のあと、サルタ州に戻る時間となった。ヴィゴはタルタガルとこの州都を隔てる400km全部を運転した。この旅は十分なマテ茶とおしゃべりを伴った平穏なものだった。「私にとって、このような専門家の中にいるのは大変だった。」と、窓から飛んでいくタバコの煙を吐きながら彼は言った。「誰かと完全に懇意になるのは私には難しい。」

なんだか、めちゃくちゃハードな旅だったようですね。いったい、いつ寝たのやら。

翌朝、彼はブエノスアイレスに飛行機で行った。夜、彼はアメリカに向けて出発した。彼は次の映画の役のために仕事を始めなければならないのだ。「戻ってくるよ。」と空港のエスカレーターに乗る前に言った。私は彼を見失い始めた。彼はボンビージャを後ろのポケットに、白いビニール袋を持ち、サンロレンソの旗を肩の周りにかけていた。

最後まで、ビニール袋にサンロレンソの旗だったんですね。
このときの旅の成果が、いずれまたヴィゴの写真集や本となって出版されるのでしょう。

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Viggo Mortensen」カテゴリの記事

コメント

ここのコメント欄には、ピッチから投稿できなくて(泣)、たびたびポストのタイミングを逃しております。今回は間に合いました。

 「共同体の伝統と言語を振興させ保存する援助」というのは具体的にどういうものなんでしょうねぇ。とても興味があります。
 金銭的な援助を個人的にあるいは出版社としておこなっているというだけではないようですね。 
 「3人の人類学者」とはどうコンタクトをとって、いったいどういうことをしているのか? 英文を読んではっきりしなかったもものの、「まぁ私の英語力ではわからないのは当然」とおもったのですが、やはり訳してくださった文章でも、もとの記事に明確に書いてなくて、その点についてははっきりしないですね。
 翻訳で、ハードな旅の様子とかお裁縫とか詳細にわかって、うわはははと楽しく読ませていただいております。 ありがとうございます。

 お裁縫はきっと 「縫う」という行為が楽しいんですよ!

投稿: mizea | 2007.06.06 23:51

punktさん、とっても興味深い記事の紹介をありがとうございます♪

この記事は、ものすごーくファンのツボをついてますねぇ。
縫いもの好き発言に笑い、またチョコとキャンディーだ、と感心し、白いビニール袋に爆笑しました! ああもう!! また中身を記者さんに見せびらかして〜。
そして、誇らしげな青赤シャツってどの柄の!?

ファンサービスに努める姿も、眠らずに活動し続けるタフさも魅力的ですが、やはり、ちょっとばかりハズしたびごさんが好きですわん♪

投稿: mate_tea | 2007.06.07 23:02

mizeaさん
そうなんですよ。この記事を読んでも、結局、ヴィゴは先住民のいる地域に行って、具体的に何をしたのかは謎のままなんです。

mate_teaさん
もはや、ヴィゴの白いビニール袋は伝説の域に達していますね。
チョコとキャンディーも、何べん登場したことか(笑)。

投稿: punkt | 2007.06.07 23:19

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