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XLSemanal ペレス・レベルテのコラム

昨日までは、8月20日のXLSemanalに掲載された、ヴィゴとレベルテの対談を紹介しましたが、同じ号に、レベルテのコラムがあって、アラトリステの試写を見た感想が書かれています。

このコラムも XLSemanal のサイトでもご覧いただけます。

また、いつものように viggo-wrosk の paddyさんが英訳してくださっていますので、それを参考にしてご紹介したいと思います。
ペレス・レベルテがとっても熱く語っていて、非常に良いコラムなのですが、結構ネタバレです。
断片的ですが、映画のイメージがポンポンでてきますので、ネタばれを厳重に避けているかたはご注意ください。
ちょっとぐらいネタバレOKな方は、"続きを読む" からどうぞ。

これぞカピタン・アラトリステ

         By アルトゥーロ・ペレス・レベルテ

そう、私はすでにこの映画を見た。クレジットやら何やらの後、小さな映画館の照明が点いても、私には最後のイメージが頭からはなれなかった - 老朽化しボロボロのスペイン王国歩兵隊第三連隊。他に何が彼らにできただろう? どこにも行く場所がなく、祖国に、彼らの国王、彼らの神に打ち捨てられ、1643年5月19日、ロクロアでフランス騎兵隊の最後の突撃を待っている。そして古参の射撃手、アラゴン人のセバスチャン・コポンスが若いイニーゴ・バルボアに言った「私たちがどんなだったかを語り伝えてくれ。」という言葉。20年間の私たちの歴史が、兵士にして雇われ剣士、ディエゴ・アラトリステの生涯を通して語られる。手短に言えば、スペインの20年間の恥ずべき王たち、堕落した大臣たち、威張って狂信的な聖職者たち、見下げ果てたやつら、異端審問所の大かがり火、残酷さと血。だが20年間には、死に物狂いの勇気、ひねくれた個人の尊厳 - 風変わりな殺人者たちの倫理 - 世界は彼らの周りで瓦解し悲しげな顔を見せ、俳優のフアン・エチャノベによって感動的に申し分なく印象的に演じられた詩人のフランシスコ・デ・ケベードの明快な言葉もある。

私はアラトリステについて、客観的な意見を述べることはできない。長い計画期間と撮影の間、私はなるべく巻き込まれないようにしていたとはいえ、冷静に見るにはあまりに全てに近すぎる。ある部分はとても気に入り、別の部分(10分間の批判的な時間)はそうでもなかったのは事実だ。そして、少なくとも結局は著者である私にとって、映画の最初の3分の1は気がかりで自分の席でじっとしていられなかった。だが、それはそれとして、雄々しい熱狂的なスペイン人の帝国の歌と古臭い騎士の冒険物のお話を予想していた、これらの意地の悪い皮肉屋の物書きたちの不満を飲み込んでしまった、と言わなければなるまい。これ以上原作に敬意を表したものはない。ヴィゴ・モーテンセンの見事な演技 - スクリーンの上の彼は目覚しい。とんでもない野郎だ。 - を通して正確に映し出されるもの以上に、率直で、魅力的でものすごいものはない。その演技は映画の最後までの2時間15分の間、眼前にあるのだ。細部まで寸分の狂いもない演技。役柄の精神に忠実なのは、直接的には穏やかな方法ではなく、事件と刺傷に満ちたものに触発されたのはもちろんだが、非常な苦味と明晰さにも満ちているのだと言えるだろう。時々、絵画を受け継いだように見える、このような美しいイメージの豊富さについても言わなくてはならない。生きているベラスケスやリベラの絵画だ。

そして、エンディング。ちくしょう! 私はこれを話すわけにはいかない、なぜならあなたの残りの生涯、憎まれてしまうからね。たが、目を見張るような始まりに加えて、申し分の無い成果と俳優達の並外れた演技 - なんとまあ! みんなどんな風だか:ウナクス、エレナ、アリアドナ、エドアルド、カマラ、ブランカ、ピラー、ノリエガ... エンディング、というより最後の丸1時間、ヒーローの人生と彼の仲間の生活の最後の一時、ブレダの塹壕からロクロアの平原まで、観客は完全に息もつけずにスクリーンにくぎ付けで、観客の網膜と記憶のなかで分析され固定化されるのだ。すべてが見せられ、動揺させられる衝撃のような、顔に向けられた銃声のような音。精神は一時停止し、座席に張り付いて、目の前に見せられることに気がつく。情け容赦ない方法で、あなたの種族の永遠の悲劇を。敵の騎兵隊が接近してくるざわめきを聞いている静かなカピタン・アラトリステのイメージ。悲劇的なカメラの動きは、イニーゴ・バルボアの後を追う。- 「先任兵は前へ、新兵は後へ」 - 彼が古い裂けた旗を預かるために隊列の後方に動き、彼の憂鬱で正気な表情 - 完全に正気で憂鬱な - そして、アグスティン・ディアス・ヤネスがアラトリステの小説5冊を通してやり遂げた壮大な旅、これらの完全な頂点、忠誠、悲劇、昔のスペインの、あらゆる時代のスペインの感動的な描写。不幸な、荒々しいスペイン。時に英雄的で、自分自身で容易に認めるようにしばしば惨めな。そして私たちも気がつく。

内輪の試写が終わり照明が点いた時、私は胸が一杯であたりを見回し、そばのシートに座っていた何人かのこの映画の俳優たちを見た - 彼らみんなが認めない限り、誰の名前も出さないが - 彼らがシートに座ったまま泣きじゃくっていたのは、おそらくそういうわけなのであろう。彼らの役柄のために、物語のために、子供のように泣いていた。美しい劇的なエンディングのために。そして、誰もいまだかつて成し遂げていない、このように惨めでひどいスペインについての映画のために。カピタン・アラトリステ自身が言ったように、神はどうであれ、誰がいようとも。

人目もはばからずに号泣していた俳優さんたちが何人かいたようですね。
レベルテ氏も、やはりちょっとは気に入らない箇所はあったようですが、原作の精神を正確に体現した映画としてとても満足だったようです。

ペレス・レベルテは、ヴィゴに感動した時の最上級(?)の表現として、"hijo de puta" (英語だとそのまま直訳で "son of a bitch" )をいつも使うことにしているみたいです(笑)。
先日紹介した対談でも、ヴィゴに面と向かって "hijo de puta" と言ってるんですよ。これまでも、ヴィゴに言及した記述で何度も出てきています。
欧米の言語に比べると、罵り言葉のバリエーションがぜんぜん少ない日本語では、訳す時にいつも困るのですが、文脈は明らかに褒めちぎってるので「とんでもない野郎だ」としてみました。
これに相当する言葉を言ったとか言わなかったとかで、ジダンの頭突き事件も起きてるんですが、親しみを込めた感嘆詞としても使われるようですね。

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コメント

立て続けの和訳、本当にありがとうございます♪
いやあ、レベルテ氏、熱いですねぇ。
最上級の褒め言葉がソレって・・・TVだったら「ピー」になっちゃうのでは?(笑)

>これ以上原作に敬意を表したものはない。

原作のある映画で、原作者からのこれ以上の褒め言葉もないですよね。
ああ、早く観たい・・・。

投稿: mate_tea | 2006.08.24 23:10

mate_teaさん
レベルテ氏の文章は、畳み掛けるように言葉があふれ出ていて、熱血ぶりが伝わってくるんですよ。
口が悪いというか、荒っぽい、悪っぽい言葉遣いがいつものことらしいのは、昨年の制作発表の記者会見のときに気がついていたんですが、書き言葉でもコレですからね(笑)

投稿: punkt | 2006.08.25 00:04

う~~~~む。映画を見る前にせめて3巻まで読んでいただければ、戦場で何が起こっているのか、相当程度理解していただけるのになあ・・・・・と思いました。3巻の中盤はずっと戦闘描写なのですが、無茶苦茶細かいですよ。音の描写なんか特に凄いです。レベルテの旦那は戦場ジャーナリストだったんでしたっけね。だとしたら納得ですね。

投稿: かとう | 2006.08.26 00:02

かとうさん
大丈夫です。日本に居るので、映画を見る前に3巻目まで、もちろん読めます。
(日本で、来年ぐらいに映画は公開されるのでしょうかねぇ?)
旦那は20年ぐらい戦場ジャーナリストだったと聞いてます。ずいぶん修羅場を目撃してきたのでしょうね。

投稿: punkt | 2006.08.26 00:24

やはりそうですか。隣に立っていた兵士に弾丸が着弾する音なんて、普通の作家は戦闘シーンでも書かないですもんね。

投稿: かとう | 2006.08.26 00:39

かとうさん
>隣に立っていた兵士に弾丸が着弾する音
うわぁ~。実際に経験したことがある(?)人ならではの、リアリティーのある表現があるのですね。
ただのチャンバラ映画にはして欲しくない、というのもわかりますね。

投稿: punkt | 2006.08.26 23:22

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