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「ウクレスでのアラトリステとの再会」(その6)

「ウクレスでのアラトリステとの再会」(その5)の続きです。

Diario de León 6月26日の記事より

Viggo-Works の paddyさんが英語に翻訳してくださったものを参考にして、ところどころスペイン語の辞書をひきつつご紹介しています。

今回参考にした paddyさんの英訳

バルデテハ、カピタンの休息

そして、先週末、夏至前夜(訳注:6月20日)、エレサール王のようにカピタン・アラトリステはレオンに戻り、一人で通り、居酒屋、本屋を歩き回り、いくつかの約束まで果たした。だが、今ではみんながすでに彼に気づいていて、人々は通りで彼に挨拶して彼を招待する。だから、失われた戦いを考慮して、カピタンはクルエーニョでの夏のキャンプを急がないでいる。彼が地元のと呼びたがる「簡素な」その土地の歓迎会は、途方もないものだった。カピタン・アラトリステが帰ってきたというウワサがたつと、ベガルダのノロジカまでも彼を歓迎しようと殺到した。そしてその地の若い女性たちは、彼女達の美しい衣装に身を包み、有名なレオンの「ホタ」(訳注:スペインの民族舞踊、音楽)を歌った:「私のペチコートの端でさえ/あなたに告げる/行かないで。 行かないで/ここに居て/私のエプロンの端でさえ」(英訳注:スペイン語では韻を踏んでいます)

予想外の騒動は信じられないような事をもたらした。頑丈な石造りの家のアーケードの下で、アスンションは彼女の目が信じられなかった。そこに、窓の中央の仕切りに寄りかかって、フランダース歩兵部隊の英雄、勇敢なるカピタン・ディエゴ・アラトリステ・イ・テノーリオその人が、彼の打ちのめされた体の避難場所を探していた。

レオンに帰ってきたヴィゴは、もはやお忍びで、というわけにはいかなかったようですね。

ヴィゴを分解する

ヴィゴ・モーテンセンのように人気のある俳優が、謙虚さ、自然さ、誠実さ、人道主義を、非常にうまく組み合わせることができると考えるのは難しい。これらの性質を同じ一人の人物の中に見出すことはほとんどないからだ。無名からほとんど夜通し求められる俳優の一人になったと言ってもいい、人気の頂点に到達した後で、もっと売れる限りは、ありもしないニュースを得よう、無理なインタビューをしよう、あるいは間の悪いコメントをとろうと、いつも無理強いするマスコミに追いかけられると感じている者がとる取り繕った距離を、彼は求めようとはしない。けれども、彼にとってこれは、彼の圧倒的な人格を見せる単なる別の方法で、どんなにたくさんの名声が俳優として高い立場に彼を押し上げても、彼は決してスターになったとは感じず、彼は永遠に2つの岸を歩く人であり続ける。いかなる旗の下にも、あるいはいかなる押し付けにも迎合しない、ボヘミアンの夢想家。国際的な政策の残酷さが告発された時は、不正に対しては闘い、ためらわず、人間の愚かさの害悪をきっぱりと終わりにさせるため、さまざまな国の広場で抗議し、話すために通りに出る。どこであろうと、彼が必要とされるところに彼は行く。どこであろうと、そこに主張するための優れた理由があれば、私たちはそこに彼を見る。そしてこれは私の空想の産物ではなくて、このように事細かく明確で本当の真実である。

彼は人道主義者である上に、私達の時代の広い意味での英雄なので、これらの良心の問題に係わる立場の人々は、それを完全に知っている。

ちょっとびっくりだったのは、ここで人道主義、人道主義者と訳した言葉の英語 "humanism"、"humanist" について(スペイン語では、それぞれ "humanismo"、"humanista")、viggo-worksのフォーラムで、アメリカの方が「最近のアメリカでは、humanist という単語は、保守派の人々が無宗教の人やリベラル派の人々を軽蔑的に呼ぶ時に使われるため、マイナスのイメージがかなりある。」と言っていたことでした。もちろん、元々のこの単語にはそんな否定的な意味はなく、アメリカ以外のドイツ、スペイン、スウェーデンの方たちの書き込みによれば、他の国ではそのような否定的な意味を込めることはないようです。

まだ続きます。
 ⇒ 「ウクレスでのアラトリステとの再会」(その7)

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コメント

レオンの人々のヴィゴに対する歓迎ぶりがよくわかりますし、
ミゲルさんがヴィゴの人柄を深く理解してくれていますね。
今後もご紹介を続けさせていただきます。

投稿: aya | 2005.07.06 23:30

ayaさん
いつもご紹介してくださり、ありがとうございます。
ミゲルさんの記事があったからこそ、レオンの人たちの大歓迎があったような気がします。

投稿: punkt | 2005.07.06 23:38

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