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キャプテン・ヴィゴ EL SEMANALの記事より(その1)

一つ前の記事 "レオンの「アラトリステ」プレミアについて" でご紹介した、EL SEMANAL の記事ですが、その内容は「原作者のアルトゥーロ・ペレス・レベルテに関する記事」ではなくて、正確には「アルトゥーロ・ペレス・レベルテがヴィゴについて書いた記事」でした。

viggo-works のニュース・フォーラムで、Elessars Queen さんが前半を英訳してくださったので、それを元にご紹介したいと思います。

ヴィゴ、ザ・キャプテン

私はエスコリアルのレストランでヴィゴ・モーテンセンと会った。細身でブロンドのデンマーク人は、内気な雰囲気で物静かで、アルゼンチン訛りの素晴らしいスペイン語を話した。彼はキャプテン・アラトリステを演じようとしていたが、私は彼についてはほとんど知らなかった。私は何本かの映画で彼を見ていて、とりわけ彼の魅力的な目を覚えていた。G.I.ジェーンの中でデミ・ムーアを苦しめる氷のような眼差し。私はほっそりとして硬質な"マスク"、彼の俳優としての才能、彼の役柄とこのプロジェクトへの関心を気に入った。この食事の間、私たちは写真とスペイン文学について話した。2日後、彼は私の家に来て、コーヒーを飲んで、この役柄の時代に関連する本に囲まれていた。彼は、彼が撮った馬の写真の素晴らしいアルバムの中から彼が編集したものをいくつか私にくれた。お返しに、私は17世紀の馬術に関する専門書をあげた。

熱心なこの映画のための準備の間、私たちはお互いに多くは会わず、長い月日の撮影の間、それはたった3回の機会だった。彼は一度私に、アラトリステの生まれた場所といったような、彼の役柄と歴史のある解釈について話すために電話をかけてきた。私は今まで出版された5つの小説のどこにも、詳細については書いていなかったが、ヴィゴはその事実に興味を持った。「古いキャスティール地方だ。」と私は答えた。「レオンということもあり得るかな?」少し考えた後、彼は聞いてきた。「あり得るよ。」と答えた。それだから彼はレオンに行って、一寸刻みに網羅するように歩き回り、個々の町に滞在し、あらゆるバーに行き、彼の前にたまたまいた誰とでも話をした。事実上、彼は最後にはアラトリステはレオン人だと結論づけた。そして彼は、私が疑問を持たず、論じもしなかったその点について、このような確信を持って、それを言った。そんな風に旅をして、本を読み、観察し、ヴィゴは彼自身をスペインで、私たちの歴史で、私たちを私たちたらしめている光と影で満たした。そして、あのように、驚くべき同化作用のプロセスで、彼は彼自身の骨の髄までのスペイン人への変身を完成させた。彼はあらゆることを学び、彼のアルゼンチン訛りを消すまで勉強し、敵を尊重する独特の感覚や、生と死に対してそれを甘んじて受け入れる禁欲主義の独特な考え方、といったある種の型を学ぶために闘牛にしばしば行った。

原作者のペレス・レベルテも非常にヴィゴのことを気に入っているのがよく判る文章ですね。ミゲル記者も我が意を得たり、というわけで、上記の訳文で文字の色をちょっと変えたところを、viggo-worksに提供したスキャン画像で赤ペンで囲ってあります。(笑)
英訳の続きが楽しみです。

キャプテン・ヴィゴ EL SEMANALの記事より(その2)

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